燦々花火





所謂、トリップの失敗と言うやつだろう。不思議と冷静な頭の中で、俺は真下に見える厨房らしきもので慌てる人々を見下ろしていた。




切っ掛けは単なる友達との肝試しだ。田舎に良くある、少し高めの堤防から海に飛び込むやつ。いつもやってる事だからなんにも気負わず、寧ろ俺は初めて飛び込む一つ下の幼馴染を優しく鼓舞してた位だった。
一緒に飛んで欲しいと言われ、手を繋いで助走、跳躍。水の中に入る冷たくも暖かい感覚はしっかりと覚えている。

しかし、直ぐに浮き上がる筈の身体はぐんぐんと落ちていき、あ、やべぇ俺死ぬ?と思った瞬間、パッと開けた視界には厨房が写っていて、現在落下中、だった訳だ。

地面に叩きつけられる、と言うほどの衝撃も無く次の瞬間には厨房で働く料理人達が恐る恐る俺を囲んで見下ろしており、「間抜けな暗殺者か」「飛行に失敗した精霊か」「悪戯好きな後宮の王子か」と憶測を囁きあっていた。
勿論、俺は王子などでも無いし精霊などでも無く暗殺者になれるほどの身体能力も無い上、記憶喪失でもない。だが、ここで俺の働き出した頭はとても謎な所で混乱を覚える。

理解出来るのだ、言葉を。聞いた事もない単語、発音なのに、するりと意味を伴って頭に入ってくる。思わず何語で喋っているのか、と問いかけようとして、またするりと喋った事もない言語が自分の口から飛び出した事に更に混乱した。
自分も喋っている癖に「これは何語なのか」と半泣きで取り乱す俺に料理人達は何かを感じたのか、取り敢えず騎士団に突き出しはしないから落ち着けと宥めてくれて、何とか落ち着く事が出来た。
何でもその時は舞踏会の閑静期オフシーズンだったらしく、厨房はご飯時とお茶会の時くらいしか忙しくはなかったらしい。気付いたかもしれないが、俺はとある王族が住むお城の厨房に落ちたという訳だ。
皿洗い下っ端担当の俺に年の近いディグレイと言う青年、通称ディーを当てがわれて色々質問したり仕返されたり、仲良くなるためだとか言ってお互いの身の内話をしたりして、偶然厨房に現れて一緒に会話する事になった騎士見習いのアレスの話も加味した結果、幾つか相互理解を得た。

一つ、俺は"神子"と呼ばれる存在に限りなく近い事。本来の神子は王族の証である金髪を持っている事が多い為、俺が神子であると断定は出来ないらしい。
しかし神子は数百年に一度高い魔力を持って異世界から現れるのだと言う。現在、歴史を遡れば一番最近神子が現れてから百数十年経っており、可能性は有るとのこと。
ここまで理解するのに俺は結構な時間を要した。だって、異世界とか、魔法とか、神子とか。そもそも王族とか王宮とかからも切り離された日本人の男子高校生だったのだ。実際にアレスに小さな魔法を見せられ、且つそれを俺自身が直ぐさまやってのけてしまった事で、漸く自覚した。

一つ、だからと言って多くの人が俺を神子として受け入れてくれる訳ではない事。これはさっきも言ったように髪の色に起因する。
ついでに言えば、俺自身目立つのも人に頼られるのもあまり好きじゃない。見つからないのなら、正直言えば神子である事は隠しておきたい。

そして最後に、現在王宮は使用人の求人が出ている事。

一口に使用人と言っても色々ある。食事の給仕、城内の清掃、設備整備、事務官や総合職。騎士見習いも実はこの求人を経ているらしい。あまり騎士見習いは募集されず、アレスは運良く受ける事が出来たという。普通騎士は騎士学校から優秀な人材が入ってくる為、見習いはどんなに強くなっても下に見られがちだとボヤいていた。閑話休題。
色々確かめてみたのだが、トリップ補正は会話能力だけで、読み書きには対応していなかった。魔力の使い方はアレスに教えてもらい、ある程度は身につける事ができた。

現実を受け入れた俺は、魔力量が多いと言う事から使用人の中でも"照明係"と言う整備職の見習いとして働く事になる。



因みにディーとアレスは後の――正確に言えば、この世界に落ちて3年目、見習いを返上し立派に"照明係"を勤め上げる現在の俺の、この世界で欠くことのできない親友となった。






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