まだ白い朝日が、開け放たれた窓から差し込んだ。眩しくて目が覚める。
いつの間に寝かされたのか、ぼーっとする頭で薄い布団から這い出た時には、もう日は昇りかけていた。ゲンマさんに抱えられたまま寝落ちたんだろう。放り投げてくれればいいのに、布団までひいてくれたらしい。
……本当に、世話になりっぱなしで申し訳ない。どんどん借りが重なっていて、返しきれるかも分からないけれど。

しばらく家を空けたからか、慣れ親しんだ墨の匂いはしなかった。ほんの少しだけよそよそしい縁側を降りる。
まだ湿った地面を歩いて、井戸から水をくみ上げた。冷たい水は体に染み渡るようでひどく美味しい。ついでに顔を洗って、着替えて、縁側に腰かけてぶらぶらと足を揺らす。ついでにいつもつけていた赤い布を手元に引き寄せた。
日常だ。私の。

「終わったなあ……」

まだ、続いていくのも、これから生きていくのも、理解はしているけれど。
傷跡はあちこちに残っているし、痛かったし、怖かったし、正直今でも怖いけれど。
なんとか、生きて終われたなあと思う。

しばらく呆けていると、ふ、と風に違和感を感じた。目を向けると、白く透けた銀髪が。

「……カカシさん」

「どーも」

ひらり、と片手をあげてこちらに来たが、目の前で立ち止まる。腰掛ける様子はない。忙しいんだろうか。…………今、サスケが、ナルトがどうなっているのか、私は知らないわけで。
まあ、どうなっていてもこの人が暇なんてことはないんだろうけれど。

「……なんですか?」

「特に用事はないんだけどね」

肩を竦めたカカシさんに頬が緩んだ。こうやって話すのは、なんとなく懐かしい気がする。

「ユズです。木の葉で、札屋をしています。怪我もしましたが、なんとか生きてます。監視でもなんでも、つけてくださっていいですよ」

「……近況報告?」

「まあ、そんなところです」

ひとつしか見えない目が、ほんの少し細まった。こちらも笑みがこぼれる

「ホントに監視つけるよ」

「……むしろ、今までなかったのが驚きですけど」

「こっちもユズが独走するとは思ってなかったからね。まさかカブトに接触するとは」

「すみません……」

「つけてたら怪我しなかったでしょーよ。なにしてんのほんと」

「はい……」

それは監視ではなく護衛では?と思ったけれど、まあ黙っておく。見張られるのとか、無駄に人員を割かれる申し訳なさとか、どちらにしろいい気分ではないし。

まあ、監視にしろ護衛にしろ、仕方がないかもしれない。覚悟を決めて視線をあげると、カカシさんは「まだそんな予定はないけどね」と言った。こいつ……

「でもま、当分里から出れないかな」

「……スパイとか、里抜けとか、そういう疑いが、」

「いや、保護だ」

パシリと言い放ったカカシさんは、黒い瞳でこちらを見つめた。ふわふわとした空気はいつの間にか霧散している。

「こちらとしても、カブトに狙われ大蛇丸にも知られているかもしれない能力を、むやみに危険に晒す訳にもいかない」

「な、るほど」

まあそうだろうなと頷いた。自分でも意味がわからないけど、この血さえあれば子供でも使える簡単な兵器が出来てしまいそうだ。血筋上は突然変異、研究しがいもあるだろう。なんて面倒な。

その面倒な私を、木の葉が保護してくれるらしい。

「……え、いいんですか」

「保護といっても、大したことじゃない。万が一のときに大手を振って力になるための口実作りだよ。忍びならまだしも、里に住むだけの一般人。それも血縁のほぼない子供より、保護下としたほうが簡単デショ」

「そ、れは………こちらとしても、ありがたい話ですけど」

下手に攫われたりしたら直ぐに死ぬだろうし、良くて実験体だろう。そうなった時に、木の葉が助けたり探したりはしてくれる、らしい。
本当に最悪の場合は、なにかやらかす前に暗部が始末してくれるかもしれないし、私からしてみたらメリットしかないんだけれど。

ああ、もしかして

「監禁、的な……?」

パチリと、カカシさんが目を見張った。少し間が空いて「いや、」と笑いながら否定をこぼす。

「生活は基本的に今まで通りでいい。ただし、定期的に忍びに会ったり、異常がないか報告してもらう必要がある」

頷いた。今までと変わらない。だいたい、私の知り合いはほとんどが忍者だ。1つ目に関しては
守るなという方が難しい。

さらに、とカカシさんは続ける。

「札を売っていいのは木の葉の忍び、それも中忍以上のみだ。そして、里の外にでないこと。ま、詳しくはもう少し落ち着いてからになるだろうけどね」

「……特に今と変わらないんですけど」

「言ったデショ。口実だって」

「なるほど……?」

本当に、メリットしかない。里から出れないのも、今のところは一向に構わない。この世界も、ナルトが大人になるころにはだいぶ変わっているだろうし…… 

「じゃあ、お願いします」

軽く頭を下げると、カカシさんは一瞬だけおかしな顔をした。
すぐに取り繕われたけれど、もしかしたら、サスケのことを考えたのかもしれない。勘違いかもしれないけれど。

「カカシさん、あの……」

「ん?」

手元にある、赤い布切れに目を落とす。初めより随分とくすんだように見えるそれは、土埃やら黒ずんた血やらで汚れていて、見るからにボロボロだ。

「私は、木の葉が好きなので、出ていくつもりはないです」

でも、これが似合うと言ってもらった。ただの額当て代わりだったけれど、けっこう愛着も沸いている。

「だから、大丈夫ですよ」

顔を上げた。視線が混ざる。
生憎、里抜けする気も、他国に行きたいと思う気持ちもこれっぽっちも無い。この生活も、案外気に入っているのだ。

「私は、木の葉の札屋ですから」






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