気付けば、気になっていた。


























我ながら何と単純か、と思わずにはいられない。
つい先日たまたま店にやってきた客がたまたま自分の住んでるアパートの隣に引っ越してきた。その客というのが俺と同じ男。ザ・マン。けれども、今まで会ったどんな人間よりも綺麗だと思ったし、何よりもその人自身が持っている雰囲気に惹かれていた。
毎日つつがなく淡々と暮らす俺にとっては、この上ない刺激的な存在であることは間違いなく、そして冒頭に至る。
気付けば、気になっていた。なんて、どこぞの少女マンガじゃあるまいし。
「ザックス」
「はぁ……」
「ザックス・フェア」
「へ、あ、はい!?」
「明細、要らないのか?」
「や、要ります!すみません…」
職場でもこの通り。何となく仕事が手につかない。社長であるツォンさんが怪訝な顔をしながらも俺に給料の明細を手渡してくれる。同僚のレノとシスネはクスクス笑いながら俺のへこへこした態を見ていた。
そういや今日給料日か。そんなこともすっかり忘れてたくらい、俺の頭はお隣さんのことで頭がいっぱいらしい。
「ザックス、そういえば聞いた?」
「ん?」
シスネが、デスクの上に身を乗り出し、こそりと俺に話しかけてくる。一体何でそんな小声で話を持ちかけてくるのか解らず小首を傾げながら溜まりに溜まった伝票の整理をしようと引き出しをガサゴソしていると、綺麗な眉をついと吊り上げてシスネは話を続けてくる。
「今度の日曜日、セフィロスがうちのスタジオに来るらしいわよ」
「は?セフィロスって…あのセフィロスか?」
セフィロス…この業界では知らない者は居ないくらい超有名な世界的なモデルだ。何よりあの容姿は人間離れしてる。銀色の長い髪は絹のように艶やかで、白い素肌は陶器のように滑らか。そして男なら誰もが羨む長身と、適度に引き締まった肉体。目の色は宝石のような翡翠色をしていて、男女問わず人の目をいやでも惹きつけるその美貌と、その惹きつけた人間全てを征服するような雰囲気。あの人間だからこそ、その空気を纏えるのであり、赦される。雑誌の表紙を飾るのは当たり前だし、CMにブランド物の専属モデルは数多の数をこなしていて最近は映画にも出演したとも聞いたことがある。俺がデスクの上に資料として適当に積み重ねていた何気ない雑誌にも表紙に居るもんだから、世の雑誌の表紙は彼で埋め尽くされるのではないかと思うほど。まぁそのくらい有名なモデルがうちみたいなちっさいスタジオに来るなんて一体何の嫌がらせだと思った。
それが顔に出ていたのか、シスネも或いは俺と思っていることが同じだからか溜め息を吐きながらやはり表紙がセフィロスの雑誌を適当に捲りながら言葉を続けた。
「あなたがそんな顔するのも解るわ。だってうちみたいな小さすぎるスタジオからしたら何の利益もないもの」
「だよなぁ」
「…小さくて悪かったな」
ぼそ、と呟いたのはこの会社の社長であるツォン。淡々とそう言うものだから、余計に怖い。俺は適当に笑って誤魔化しながら、とりあえず今日の夕飯はどうしようか、なんて場違いなことを考えた。



* * * *



仕事も適当に切り上げて家に帰ってから、そろそろ捨てようかと思っていた積み上げて纏めていた内の一つを何気なく手に取った。パラパラと捲っていると、やはりその雑誌の一番を飾っているのはセフィロスだった。白いシャツを身に纏い、ホテルのシャワールームを背景にシャツの透けた向こうに見える均等な筋肉のついた身体は何とも色っぽい。確かに、写真を撮る身としては一度は撮ってみたいと思う。少し生唾を飲み込んで、いや、そういう意味で飲み込んだ訳じゃなくて、と自身に言い訳してみたりなんかして。
更にページを捲ると、思わず更にドキリとさせられた。
金色の髪に蒼碧の目。セフィロスに負けないくらいの白い陶器のような肌、まごうことなく、それは俺の隣の住人にそっくりで。
「クラウド…?」
セフィロスと同じようなシチュエーションで撮られた服にポーズ。セフィロスとのツーショットもある。こうして並ぶと対称的だった。金と銀。本当に、綺麗の一言しか出てこない。だが、そこですかさず出てくる疑問。

何故、クラウドがセフィロスと一緒に?

答えは簡単だ、クラウドも、昔モデルだったのだろう。写真の中のクラウドは、少し今より幼い。まだ10代半ば頃、或いは後半くらいの年だろうか(尤もクラウドの現在の年齢なんか知らないから推測でしかないが)。
でも、そんなことどうでもよくて、俺の頭の中は、やっぱりクラウドで埋め尽くされていった。飽きることなく、ずっとそのページを見ている。セフィロスなんかではなく、クラウドだけを。
(きれいだな…)
本当に、きれいだ。



* * * *



セフィロスがうちの会社に来るのは約2週間後。しかも何故か社長からはレノでもなくシスネでもなく俺を指名してきやがったので、逃げることなどできない。それまでいろいろと勉強と準備を怠るな、とお達しを受けた訳だが、ここで悩みが一つ。
さて、どうしようか。
「あーだめだ…考えれば考えるほど頭がビッグバン…」
雑誌を顔にかぶり、本を読んだりとかネットで検索したりとかいろいろ調べてるんだがこれというイメージが全く湧かない。本当に湧かない。カメラマンとしてこれはダメだろう、と自身でダメだしをするも、湧いてこないもんは仕様がないだろ?とまたも良い訳をする。
相手は世界的なモデル。世界的、つまりワールドワイド。つーか何でこんなちっさいスタジオに予約いれんだよ、他にもスタジオはあるし、有名なカメラマンはいくらでも居るだろうが。とついには悪態を吐く始末。ネットで探し当てた画像を次々に消しながら唇を尖らせ、乱暴にPCを閉じてソファに寝っ転がる。もうこうなったらぶっつけ本番?いや、それはさすがにダメだ。ていうか、自信ない。その所為か、仕事もあんまり身が入らない。写真選んでる客の顔見て、どうしようもない不安に襲われている自分が居る。
嗚呼、ダメダメだよ俺。カメラマン以前にクリエイターとしてダメだ。客にそんな顔させるなんて、ほんとダメだ…。
(どうしたいんだ…俺…)
セフィロスのことから、今度は自分自身の身の振り方について考える。御年25にもなった男が、結婚もせず、付き合う女もおらず、このままこれで良いのかと悶々とする日々。
別に自身の事務所を確立させたいだなんて欲はなくて、このままこの会社に留まってるのも悪くないと思っている。それにプロになって確立させたからといって、作品を大衆に受け入れてもらわなければ、食っていけない事実も解っている。
とりあえず写真を撮るのは昔から好きなことだったから何となくそれでやっていけたら良いなという軽いノリでたまたま今の会社でそういう仕事をやらせてもらっている。
それは今のこの不景気でラッキーだとは思う。でも、一生このままってのも、何か違う気がする。
だんだん、このままではいけない気がしてきた。そう思わせたのは、きっと隣人の存在のお蔭で。
「いや、ここは人の所為にしちゃダメだろ…」
呟いて、ソファから起き上がると、ピンポーン、とチャイム音。時計を見れば昼時だ。誰だろうと思いながら気だるげに玄関を開ければ、そこには、
「今、大丈夫か?」
焦がれるように求めていた、隣人がそこに居た。



* * * *



「済まない、他に知り合いが居なくて…」
「いやいや、俺で良かったら力になるって言ったろ?お隣さん同士、気軽に頼んでくれよ」
今、俺はクラウドと近くのホームセンターに居る。日用品の買い足しに良ければ付き合ってほしいということで、俺は尻尾を振る勢いですぐさま首を縦に頷き、着いてった。
「なあ、そろそろ飯にしようぜ。腹減っただろ?」
「そういえば…昼のことなんて何も考えてなかった…」
苦笑を浮かべながらクラウドが同意し、ホームセンターを出て近くのショッピングモール沿いに並ぶ飲食店にクラウドの運転で向かうことにした。
着くと、さすがに昼時とあって混んでいる。待っている間メニューを見ながら何にしようか見ていると、意外にもクラウドの顔が近い距離にあって驚いた。
「ど、どれも美味そうだなー、クラウドは、何にするんだ?」
「…そうだな、普段あまり食にこだわらないから何でも良いんだが…。じゃあAのランチセットにでもするかな」
「じゃ、俺はBのランチセットにしようかなっ」
やばい、妙に緊張する。何か会話して誤魔化そう。
「そういえば、ザックスはこの辺りに住んでどれくらい経つんだ?」
と、思っていたら、何とクラウドの方から振ってくれた。
「俺?えーっと、もうすぐ5年くらいになる…かな?」
「長いんだな。カメラマンの仕事も、ずっと続けているものなのか?」
「や、カメラマンっていっても、見ただろ?あんな小さな会社なもんだから、カメラマンなんて言えないって…。まあでも、撮るのは昔から好きだったから、大学出てすぐあの会社に就職できたのはラッキーだったかな」
「へえ、すごいな。何かを創るのは、素晴らしいことじゃないか」
うわ、そんなこと言われるの初めてだから、何か照れるな…。
そうこうしている内に席に案内されて、先ほど決めておいたものを店員に注文する。
ふと窓の向こうを眺めるクラウドの横顔を見ながら、俺も質問をしてみた。
「そういうクラウドは、何の仕事してるんだ?」
「俺か?今は、食品メーカーの営業をやってる」
今は、って言ったよな。これ、突っ込んで良いのかな。思案してると、顔に出ていたらしい、クラウドがくすりと笑って、
「飽きっぽい性格でな。昔は転々と職を変えていて、なかなか落着けなかったんだ」
「ああ、そう、いうことか…」
何だか、心の内を読まれてしまったらしい。赤面しながら、いい加減腹も空いたので早く注文したものが来ないかと誤魔化すように考え、クラウドは尚もくすりと笑った。
「ザックスは、素直な奴だな。見ていて飽きない」
そう言われちゃ、俺の心臓破裂寸前なんですけど!!
「ちなみにさ、」
「ん?」
「結婚は、いつ頃したんだ…?」
我ながらほんとバカだと思う。きっとこれはクラウドには触れてはいけないことだと解りつつも、でもこの間の離婚したっていうアレも気になって。ていうか、クラウドのことは全部気になってる。
クラウドは、嫌な顔一つせず、水を飲みながら俺の質問に静かに答える。
「結婚は、今から8年くらい前になるかな…デンゼル…、息子ができて俺とティファは一緒になったんだ」
「で、でき婚だったのか?」
「意外か?」
「何か、その外見とか雰囲気からじゃ全く想像つかねぇ…」
「よく言われる」
「ていうか、クラウドって、今いくつ?」
「いくつに見える?」
「え?うーん、俺とタメか、それより上?いや、でもなあ…」
「想像に任せる」
「え〜?教えてくれよ〜」
「ほんと、アンタはコロコロとよく表情が変わるな」
見ていて飽きない。また、そう言われた。綺麗な微笑付きで。
何だろう、この感覚。クラウドを見ていると、へたに女の子と居るより緊張する。純粋に、仲よくなりたい。それで、それで…。
「あのさクラウド、」
「ん?」
店員が、注文の品を持ってくる。それを受け取りながら、俺は自分でも不思議なくらい真剣な顔でクラウドに言った。
「良かったら、ちょっと撮らせてくれないか?」



* * * *



俺の部屋は少し散らかっていてごちゃごちゃしてる部分があるから、クラウドのシンプルな部屋で撮らせてもらうことになった。またまた、クラウドは嫌な顔せず承諾してくれた。今日付き合ってくれた礼だと言って、昼飯までごちそうになってしまった。とりあえずさっさと済ますべく、俺はいったん自室に戻って機材とカメラをいくつか持ちクラウドの部屋にお邪魔する。ちょうど夕暮れ時だから、色や光の設定が一番変化する時間帯だ。
「恰好はどうする?」
「じゃあ、ベストだけ脱いで、シャツとジーパンだけになってもらっても良いか?」
「お安い御用だ」
ストロボとカメラ本体の設定を適当にやって、試しにお着替えシーンをちゃっかり隠し撮り。白シャツとジーパンという非常にラフな恰好になっただけで、どうしてこの目の前の男は色気全開になるのだろうか。本当に男か?俺と同じ性別か?と疑いたくなる。
「じゃあ、そこの窓際に少し寄りかかって…」
とりあえず大それた撮影でもないのであくまでラフな感じにと思い、本人にあまり負担にならないようポーズを指示して、あとは本人に任せた。ファインダーを覗きシャッターを切る。自然光だけで撮ったりストロボを使ったり、とにかく思いつくままにシャッターを切った。そうしてファインダー越しに目と目が合うと、また俺の心臓が高鳴った。
そして、俺の予感が的中する。

クラウドは、撮られることになれている。

目線も、手の指先一本まで、隙がなかった。俺が指示しなくても、どうポーズをとればいいのか、ちゃんと理解していた。現場で相当な数をこなしていないと、これはできないことだ。素人からそういう要素を引き出すのがカメラマンの仕事の一つでもあるが、そんなこと俺がせずとも、クラウドは一つ一つ理解し、実行していた。
ソファに座ってもらって、アップで撮らせてもらう。睫毛が長く、肌理が細かい肌。女性だったらきっと誰もが羨む美貌の持ち主。自然と、お互い無口だった。クラウドも、何も言わない。氷のように冷たい視線を携えて、時には俺を睨むように、時には俺を蔑むように、カメラを見ていた。その蒼碧の視線に、ドキリとした。背筋から、何かが這い上がっていく感覚。もっと、暴きたい。暴いてやりたい。何でこんなに氷のように冷たい表情をするのか、他にはどんな顔をするのか。もっと、もっと、もっと。
「ザックス…?」
「…っ!」
もっと、いろんなクラウドの顔が、見たい。
「じゃあ、最後の一枚は笑ってくれよ」
「え…?」
「いつも通りの笑顔で、良いからさ」
そうして視線を一瞬彷徨わせた後、微かに唇の端を釣り上げて笑うクラウド。
カシャ、とシャッターを切って、気づけば2時間近く行っていた撮影はようやく終わった。



















礼を言って、夕飯は食べずにその場を後にした。
俺も夕飯を作ろうとはせず、撮った画像を確認したくてPCに取り込んだ画像一枚一枚を丁寧に見始める。
最後の一枚の、笑顔の写真。
もう、もしかしたら手遅れなのかもしれない。


「何で、笑顔なのにそんなに悲しそうな顔をするんだ…?」


何と形容すれば良いのか解らない。でも、きっとこれは普通異性に抱く感情なのかもしれない。
最後の、どこか悲しそうに笑うクラウドの写真を見て、俺は胸が切なくなるのを強く感じていた。





















(そんなかなしそうに、わらわないで)







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