この好きは、何の好き?


























しがないカメラマン。
それが俺の職業。
小さなスタジオを個人で経営してるもんだから、あんまり儲けはない。
寧ろマイナスに近いような売上だし、撮影の予約が入らない時なんてザラだし、今まで差し障りなくつつがなく明かりの下で生きてきたゆえに、それ以上も以下も何とも思わなかった。
人生はそんなもんだ、いつからかそんな風に見るように、考えるようになって、もう20も半ばの年。
親父は兎も角お袋は早く身を固めろ等と煩い。俺の人生なんだから好きにさせてくれ。
そう思うものの、そこまで何かに熱中しなくなった。
いつからこんなに冷めた性格になったのやら。ただ、体裁は良い方だからそんな風に思われたことは一度もないが、お客さんやモデルの人からたまに何かに語られたりするとぼんやりと良いなぁ、とは思う。
思う、だけ。
ファインダー越しに見える絵を一枚一枚切り取り、自己満足に近い形で写真を作って、それで終わり。
「俺ってこんな奴だったっけ…?」
職場の暗室でできた写真のフィルムをべろーんと広げながら、俺はそんなことをごちた。コンコン、とドアを叩く音に気だるげに返事をして、取り出した液体からフィルムを横に避けて置いておく。
次のご予約のお客様を撮りに、俺は手袋を外して適当に片付けその場を後にした。













「ご予約のストライフさんですか?お待たせしました、今日担当させて頂くカメラマンのザックス・フェアといいます」
にこりと笑みながら、黒髪ロングヘアの別嬪さんに声を掛け、ぺこりと挨拶。
「こちらこそ、今日はよろしくお願いします」
「よろしく、お願いします」
アッシュブラウンの髪の毛をふわふわにした、まるで鳥の巣のような髪の毛の少年が、女性の服の裾を掴みながらおずおずと挨拶をしてきた。大きな目だ、でもその青い瞳が綺麗だなと思ってると、女性は苦笑を浮かべながらごめんなさい、と言った。
「少し人見知りをする子で…気を悪くさせたならごめんなさいね」
「いや、良いですよ。時間が経てば自ずと慣れるでしょうし。名前は?」
「デンゼル…」
「デンゼルか。今日はよろしくな」
くしゃりと髪の毛を撫で梳いてやると、照れたのか女性の後ろに隠れた。仲の良い親子のようだ。
「さて、じゃあ撮影に早速入りますから、準備を…」
「ごめんなさい、もう一人来るんですけど、今仕事が立て込んでるみたいで後10分もすれば来れるって、今連絡があって…」
「解りました。じゃあそれまでリラックスしてて下さい。飲み物か何か煎れますよ、何が良いですか?」
「あ…じゃあ、コーヒーを…」
「解りました。デンゼルは?」
「オレンジジュース…」
「了解!」
頷きその場を後にして、事務所の方に飲み物を煎れに入って行けば、同僚のレノがロケ撮影を終えたのか機材片手に戻って来ていた。
「よぉザックス君。今日も元気か、と?」
「相変わらず適当にやってるさ。お前は?可愛い子の水着でも撮れたか?」
「まぁな。つっても、それももうパターン化されてきたというか何というか。最近張り合いがなくてつまらないぞ、と…そういや今日のお客さん、ずいぶん別嬪さんだな、と」
ブラインドの隙間からレノが向こうの撮影スペースを覗きながら呟く。俺はインスタントコーヒーを紙コップに注ぎながら、ああ、と相槌をうった。
「何でも旦那さん遅れて来るみたいで、今待ってる所だよ」
「へぇ…やっぱりな。あんな美人男が放っておくわけないしな、と」
「そうそう。世の中そうは問屋がおろしませ…」
オレンジジュースを注ぎ終わりカップを両方の手に持って顔を上げた瞬間。
マジックミラー越しに見えた鮮やかな金糸に、思わず目が奪われた。




























「あれ、旦那さんか、と?」
「た、ぶん…」
黒いピシッとしたスーツを身に纏い、鞄を片手に抱えて急ぎ足で入ってきた男性が、黒髪ロングヘアの女性と少年の方へ寄って行く。女性が顔を明るくし、軽く男性の方へと挨拶のキスを交わして男性も同じように女性へとする。デンゼルが嬉しそうに笑いながら男性に抱きつき、男性は軽々とデンゼルを抱き上げた。
ほのぼのとした、どこにでもあるような親子の風景。金糸を携える男性は、正直黒髪ロングの奥さんより美人だと思った。細いが均等の取れた良いラインをしている。後ろが短く刈られた項も白く晒されていて、思わず生唾を呑み込んだ。
きっちり着込まれたスーツが余計にそう魅せるのか、ストイックな雰囲気が妙に似合うし、そそられる。
「写真、」
「っ!」
「撮りに行かなくて良いのか、と?」
「あ、ああ、そうだよな。じゃ、また後でな」
レノに適当に挨拶をしてからカップを両方持ってドアを開け、向こうの撮影スペースへと早足で歩いて行った。
「あ、フェアさん!」
黒髪ロングの奥さんが俺の姿を見るなり軽く手を上げる。旦那さんがゆっくりとした動作でこちらへと振り返った。
思わずその視線に、心臓が高鳴る。
「お待たせしました、揃ったので、撮影お願いします」
「了解です。じゃあ、その前にせっかく淹れてきたから、これ飲んでから始めようか」
にこりと笑みながらデンゼルと奥さんにカップを手渡す。
旦那さんは腕を組んで黙っていた。間近で見ると、余計に緊張感が増す。ほんとに綺麗な顔立ちで、蒼碧の瞳は自分の全てを見透かされるんじゃないかと思うくらい透き通っていて、ジュエリーショップの店頭に並ぶ宝石よりも煌めいて見えた。「ええと、旦那さん、で良いんですか?」
どぎまぎしながら男性に話しかける。
「…ああ。アンタは?」
テノールの心地良い声。この声で本を朗読してもらったら3秒で寝れる自信がある。
「俺は今日の撮影を担当させて頂くザックス・フェアと言います。今日はよろしくお願いします」
にこりと、いつもならそつなく営業用の笑みを出せるのに、どこか引きつったような感覚を覚えながら旦那さんへと名刺を渡した。いきなり過ぎたかな、と思いつつも旦那さんがそれを受け取ってくれたことにとりあえずほっとし、俺は撮影を始めるべく飲み物を飲み終えた二人に声をかけた。























「やっと、終わった…」
ぐったりしながら、事務所の机の上に突っ伏していると、ことん、と何かを机上に置かれた。
「お疲れ様、と。何だ、そんなに緊張したのか、と?」
レノが煙草を咥えたまま自分の分のコーヒーを手にしながらにやりと笑う。サンキュ、と小さく礼を述べながら俺はレノが淹れてくれたインスタントコーヒーをぐいと飲む。
「何かさ、妙な感覚だったんだよな…今まであんな綺麗な人間見たことねぇし、纏っている雰囲気全てに圧倒されたっつーか」
シャッターを切っている時、正直彼だけを撮りたいと思った。金糸と蒼碧に魅せられたのは確かで、撮影が終わり既に定時も過ぎて後は帰るだけだというのに。未だかつて撮影した客の顔なんか終わったらすぐに忘れるのに、それがない。
寧ろ焼きついて離れなくて、またあの金糸と蒼碧が脳裏をちらつかせて。レノはまたにやりと、人の悪い笑みを浮かべていた。その態に、何となく腹が立つ。
「…何か言いたげだな」
「いや、別に何でもないぞ、と」
「嘘吐け!お前がそういう顔してる時は、大抵ろくでもないこと考えてる時だろ!!」
けらけらと笑いながら、レノは自分の携帯灰皿をポケットから取り出し、もみ消してまたポケットへとしまった(ちなみに事務所内は禁煙で今はお堅い社長は居ない)。何がそんなにおかしいのか、鞄を片手に立ち上がると、レノもまたカメラや機材が入ったバッグを肩に掛けて、帰り際に一言。
「ただな、あまり人にも物にも執着しないお前が一目で興味を持つなんて珍しい、良いことの前触れかなと、思ったんだぞ、と」
そう言い残し、ひらひらと片手を振ってレノは去って行った。




















自宅に戻り、不味いとも美味いともあまり感じない飯を適当に作って胃にかきいれて、風呂上がりに冷蔵庫からビールを取り出し一杯。
そろそろ夏が近付いてる所為か、夜でも普通に熱い。
ぐび、と飲んでベッドのサイドテーブルに置いて身体を横たえる。薄暗闇の中、目を閉じて今日のことを思い出した。どこか、儚い雰囲気の人だった。悲しそうな過去を背負っているのかな、どんな経緯があって結婚したのかな、仕事はどんな仕事をしているんだろう。
(考えても、きり…ないのにな…)
というか、何でこんなに離れないんだろう。カメラマンをやっているといろんなタイプの人間を見るし撮るようになるけど、旦那さんみたいなタイプは初めてかもしれない。
起き上がり、ビールを一気飲みして缶を潰す。ゴミ箱にそれを放り投げてからベッドの中へともぞもぞ入った。
できるなら、またいつか会いたい。
そして、彼を満足するまで撮りたい。
そんなことを考えている間に、俺は意識を手放した。





















ピンポーン、と朝早くからチャイムの音が聞こえた。今日は日曜日で仕事も休み。起きる義理はないが何度も鳴らされるっさすがにイラっとした。時計を見ればまだ8時だ。俺の貴重な睡眠時間を邪魔するとは許せん。
ボサボサの髪を掻きながら、俺は乱暴にチェーンと鍵を開けてドアを開け放つ。
「んな何回も鳴らさなくとも聞こえてるっての!何のよ…」
「…朝早くから、すみません」
「…え?」
俺の苛立ちは一気に消える。というか、目の前の事態が把握できなかった。
どうして、何故、と口を開けて間抜けな表情をしていると、目の前の男性は淡々と言った。





















「今日から、アンタの隣の102号室に住むことになったクラウド・ストライフです。よろしくお願いします」


















神様、これは何かの冗談か!?























Oh my love!Oh my GODDESS.

(これが正に、必然の出逢い)







p | n




2/4

- ナノ -