810連載設定のセフィとジェネシス


ヒュウ、と木枯らしが吹く中、セフィロスは気分転換に学校の裏庭を歩いていた。全寮制で男女共学のこの学校は、歴史だけはやけに古く、学校の敷地内は無駄にだだっ広い。中庭には噴水なんてものがあるし、専用の庭師が手入れしているのを毎日職員室の窓からご苦労なことだ、と他人事のように眺めている。裏庭は、裏庭という名前の如く、中庭に比べたらそこまで綺麗に手入れされているわけではない。雑草や枯木がそこかしこに野放しにされていて、中庭と比べれば雲泥の差だった。まず生徒たちは裏庭には近付かない。確か用のない者は立入禁止の筈だった。ちなみにセフィロスはこの裏庭が、気に入っていた。何故と言われればうまく答えられないが、誰も近寄らないこの場所は、自分だけの秘密の隠れ家のようなものだった。子供みたいだ、と自身で自嘲すると、ぱき、と地面に転がる小枝を折りながら、ぼろぼろのベンチへとそっと腰掛けた。きし、と鳴り響く音がベンチの悲鳴のようで、申し訳なく思いながらも長い脚を組んだ。
銀色の長い絹糸のような髪の毛は、今は横に流され一つに纏まっている。濃紺のトレンチコートの立てられた衿元で首筋を風から避けながら、はぁ、と息を吐けば僅かに白かった。秋というよりは、もう冬が近いのだろう。今何時なのかも、よく解らなかった。多分昼休み中だったとは思う。それでも息が白く出るのはだいぶ冷え込んできた証拠だった。
ただ何をするんでもなく、ぼんやりと雲の流れを見つめていた。そんな中携帯の着信が鳴ったが、無視した。出なくとも相手なぞ解る。なぜなら自分の番号を知っているのはごく少数だからだ。
ほどなくして、嗅覚を甘い匂いがくすぐった。そして歌うような綺麗な声に、思考が現実へと戻される。
「やはりここに居たのか」
「…ジェネシス」
亜麻色の髪の毛に、翡翠の切れ長の瞳。セフィロスと同じように中性的な美貌を持つ親友の手には、何故か焼き芋が二つ握られていた。
「腹が減っているんじゃないかと思って余分に買ってきたんだが、食うか?」
「ああ、せっかく買ってきてくれたようだから、遠慮なくもらう」
普通なら素直にありがとう、とだけ言うべき場面で、少しズレたセフィロスの解答にジェネシスは表情を動かすことなく手渡し、隣に腰掛ける。またきし、とベンチが悲鳴をあげた。
「お前は本当にこの庭が好きなんだな」
芋を食べながら、ジェネシスが言う。今更なことだった。この学校に勤務するようになってから、毎日とまではいかないがこの裏庭にはだいぶ通っていた。それだけこの裏庭がセフィロスには魅力的だった。破れたビニールハウスに、荒れ果てた庭に、壊れかけのぼろぼろのベンチ。ジェネシスにとっては何一つ魅力的な要素などない。親友の考えが相変わらず人とズレているが、だがそれをおかしいと嘲笑うつもりもなければ哀れむつもりもない。セフィロスはセフィロスの感覚がここを気に入っている、ただそれだけの話だ。それに学校の生徒たちの生み出すあの喧騒さから離れて静かに過ごす分には、この場所はジェネシスにとっても丁度良かった。
「この庭は、今までどんな歴史があったのだろうな…」
ぽつりと紡がれたセフィロスの言葉は、どこか寂しげだった。その言葉にどんな意味が隠れているのか、ジェネシスには図り知れない。
「枯れては意味がないと、人は言うのかもしれない…けれども枯れてもなお、この庭は存在する限り生きている」
「…この庭に俺達が足を運ぶ限り、この庭は幸せなのではないか?」
「そうだと、良いのだが…」
芋を食べ終わり、ぺろりと指を舐めると冷たい風が頬を撫でた。悪戯っ子のように、風が笑った気がして、セフィロスも同じように微笑を浮かべる。
「セフィロス、そろそろ戻るぞ。授業が始まる」
「…ああ」
立ち上がり、セフィロスはゆっくり歩き出す。隣にジェネシスが並んで、足元を見ながら今自分は自分の足で自分の歴史を歩んでいるのだなと漠然とそう思った。この庭にせよ自分にせよ他人にせよ、それぞれのものにはちゃんと歴史があるのだ。今胃の中に収まってしまった焼き芋にですら。
「セフィロス、今夜アンジールから飲みの誘いが来てるんだが、当然来るだろう?」
にんまり笑う親友の瞳はいつ見ても綺麗だ。それに呼応するように、溜息を一つ。
「どうせ拒否権などないだろう?」
「当然だ。俺達は三人で一つだからな」
「変な言い方はよせ」
こうして戯れながら、今日も一日が過ぎていくのだろう、と脳裏で思う。これからどんな歴史を自分は歩むのだろう。この枯れた庭のように、何かを残せたら、それはそれで、幸いなのだけれど。



ジェネシスから貰った焼き芋はやけに甘ったるくて、口の中の甘い味を噛み締めつつ頬を撫でた冷たい風は、やけに染みた気がした。




焼き芋と秋風



2010/11/16


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