やるせなさ

【said 樹】

目を閉じると今でも鮮やかに浮かぶあいつ。きっと俺は一生忘れることができねぇんじゃないかって思う。柔らかい髪に手を差し込むと可愛らしい赤みがかった唇をあけて俺を呼ぶお前。その声だけでもたまんないってのに、ギュッて俺にしがみつくお前は震える身体で泣きながら他の男を想っている。それでいいって言ったのは俺で、そんなお前のことをそれでも欲しがったのも俺。だから仕方ない。全部受け止めるつもりだった。


「いっちゃんボケっとしてないでそれ盛り付けて!わたしのお皿にはトマトいれないでよー。」


ゆきみがポンって俺の腕に触れると、まるで熱湯みたいに熱くて、一歩後ろに下がった。ゆきみの腕を払うと、え?って顔で俺を見上げるその瞳は小さく揺れていて、そんな顔させたいんじゃないんだ。本当は笑っててほしいのに、いつだってチラつく北人に勝手に嫉妬してるんだ。


「ムカつくお前。」


憎まれ口を叩く俺を不思議そうに見上げたゆきみは、別にどうってことないって顔で払われた腕を叩かれた。その腕掴み返して押さえつけて閉じ込めてやりてぇ。だからその腕に触れた瞬間、「北ちゃんお皿取ってー!」ゆきみが俺の隣から移動した。いつだってそう。いつだってゆきみが見ているのは北人で、俺の気持ちなんて全く分かってない。2人でニコニコ笑い合う姿なんて見たくねーっつーの。あーだる。冷蔵庫からビールを取り出して勝手に開けた。そのままごくごくと飲み干すと「早いよ、いっちゃん!なに勝手に1人で飲んでんのっ!?もう!」綺麗なゆきみのソプラノボイスと生温い温もり。だから掴むなって、そーやって無防備に。咄嗟に掴まれた腕を振りほどいて俺から掴んだ。腰に腕を回してゆきみに近づく。


「いっちゃ」
「黙れ。」


完全に暴走してるって分かってる。ほんの一瞬、たった一瞬だけ触れ合った唇に、心の中のドロッとした汚れが流れていくようだった。キョトンとした顔の次の瞬間、「もう。キスしないで。」小さく言うゆきみの髪をクシヤっと触る。俺のキスなんてどうってことないって顔、すんなよ。まるで犬や猫にでもキスされたかのように、交わすのやめてくれよ。バシッと俺の腕を叩くゆきみにもっとキスしたくなる。


「隙だらけだな、今日も。」


せめて北人や陸が見てる時にやっとけばよかった。



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