短編 | ナノ
ヌケガラ男女 [2/2]














今日のお客は、一風変わっていた。






背の低い、腰の曲がった男。歳は60代くらいだろうか。

初見の客なので、それなりに相手の要望を聞こうと思ったのだが、これがうんともすんとも言わないのだ。






『お客様、何かお飲みになりますか?』

「要らねぇ。」

『では何か前座でも……どのようなご遊戯がよろしいですか?』

「必要ねぇ。」






……仮にも遊郭。当然目当てはあるのだろうが。

これはあれか、本来自分の相手をさせたかった遊女に既に先客がいたため、機嫌を損ねてしまったのだろうか。






「それよりテメー、それは何だ。」

『あ…はい、こちらのお酒は酸味が強いのが特徴でして、』

「勝手に客商売始めてんじゃねぇよクソビッチ。」






すると相手は乱暴にアタシの腕を掴みにかかり……アタシはそこでハッとしたがもう遅く。
























―――度重なる自虐行為の跡が、目の前にさらけ出された。






「この腕は何だって聞いてんだよ。」

『!!』

「ただの“商品”のくせしてイッパシの人間気取りが。傷物付きの女相手で金盗ろうってのかこの店は、あ゙ぁ?ここの店主に言ってクビにさせてやろうか?」

『もっ…申し訳ございません!ですがどうかそれだけは……っ、』






完全にアタシのミスだ。誰にも気づかれないようにしてきたのに。

こんなところでクレームを入れられてしまっては、本当にクビにも成りかねない。






「言え。どんなくだらねぇ理由でこんなことしやがった。」

『いえあの、個人情報の流出は、店の不評に繋がりますので、』

「オレは言えっつったんだ……クビにされてぇのか、ブス。」






その鋭い眼光に睨まれてしまい、もはや回避することは不可能。

腕の傷跡に相手の爪が食い込み、塞がりかけの薄い皮が破れて流血した。
























―――今思えば不思議だった。






『……人を、殺めてしまいまして。』

「…………。」






このとき、嘘をつくことだってできたのに。






『16のとき、兄に強姦されまして……そのとき、弾みで。』

「!!」






だがこの日は、何故かスラスラと言葉が出た。






『尊敬していました、兄のこと……でもその日は酒に酔っていたのと、恋人の不倫が重なって、見境がなくなっていて……そのとき既に、私にも魔が指していたんだと思います。理由がどうあれ、実の兄を殺すなんて、普通の神経じゃできないことですから。』

「…………。」

『兄は恋人に多額の借金を背負わされていたのを、後になって知りました。両親は早くに他界していたので、残る親族は私一人……これも自分の撒いた種だと思って、今はこうして仕事に明け暮れる日々です。一応そういった前科もありますので、まっとうな職には就けませんし……私にはもう、兄に犯された体しか残っていませんので……。』






そうつらづらと語り終えれば満足しただろうか。

アタシが恐る恐る相手の顔を窺えば…………






「言えんじゃねぇか、本音。」

『…………へ……?』






ガチャ、ガタリ、カタカタ

そうしてその中から現れたのは……数日前にも見た、赤髪の男。






『……あんた何やってるの?ていうかそれ…人形?』

「最近手に入れた。イカスだろ?」

『酷い趣味ね……それよりわざわざ職場に押しかけてまで何の用?』

「決まってんだろ。」






相手がサソリとわかるや否や、今までの会話をどうしようもなく消し去りたくて。

手のひらを返したように、アタシが雑な受け答えをすれば。






―――ばんっ、

奴はアタシの背後の壁に両手をついた。






「ヤらせろ。」

『…………は?』






サソリの顔が、ニタリと笑った。

お互いの顔の距離は、すなわちサソリの腕の長さぶんである。






『……ちょっと、悪い冗談はよして。』

「おいおい、オレは金払って来てる客だろ。」

『やめて、帰って!』

「今さら何びびってんだよ、処女なんかとっくの昔に無くしてんだろ?他に何を守る気だテメー、」

『あんたに見せるものは、何もない!!』






そうして奴を突き飛ばすが、再び腕を掴まれ引き止められる。

……心なしか、今度はその傷口に触れる指が、優しかった。






『……遊びのつもりなら、出てって。』

「…………。」

『あんただけは……性の対象なんかで、見たくない。』






こんな商売やってるアタシにとって、性の対象となる男は糞以下の汚い存在だから。



あんたにまで……そんな低俗な輩に、成り下がらないで欲しい。






「……オレを欲しがれ、name。」

『……!!』

「オレから全部搾り取れ。金も、欲も、全部。そうすりゃ
























オレが空(カラ)になったとき、テメーの借金代くらいにはなってんだろ。」






アタシが顔をあげて目が合えば、本気の目をしたサソリの表情。

……守るものを得た、男の表情。






「一生、付き合ってやるよ。テメーの借金地獄に……オレが、テメーがいつも相手するような糞以下で役立たずの灰人同然になるまでな。」






そう言って正面からアタシの腰に手を回し、その体を引き寄せてくるサソリ。

密着したその温度に、その温もりに……アタシは思わず口を開きそうになる。






―――本当は連れ出してほしい、と。






―「辞めちまえよ。」―






今すぐにでもここから逃げ出してやりたいのに。






でもわかってる。あんたがそれをしないのは、アタシの決意に敬意を表してるってこと。

そんな奴に答えるように、アタシはゆっくりとその首に手を回し…………
























―――その日。夜が明けるまで、すがるように泣いた。






2013/12/13
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