短編 | ナノ
不可能TRIP [1/1]














あぁ……その隣に選ばれないで、もう何年も過ぎたんだったね。
























不可能TRIP












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青い空の下、貸し切った屋上テラスの広間にて。






『それでは皆さん、今日この日を祝して……せーのっ!カンパ〜イ!』






乾杯の音頭に、皆一斉にグラスを合わせ、傾ける。

それからはほぼ立食形式で、各々会話をしたりほろ酔いになったりと楽しそう。






一通り落ち着いた頃合いを見計らって、アタシは本日の主役が一人で佇む手摺位置まで歩み寄った。






『イタチ……結婚一周年、おめでとう。』

「あぁ、ありがとうname。いつも悪いな、nameには何かしらこういう企画を立ててもらってばっかりで。」

『いいんだってそんなの。アタシも好きでやってるだけだから、』

「けど、まさかこんなに人が集まるとは思わなかった。」

『はは、そんなのイタチの人徳だって。』






判断力、包容力、カリスマ性……イタチには、人を惹き付けるだけの力がある。



何よりアタシ自身がその力の引力で、離れられなくなってしまった内の一人なんだから。






『それよりその、新婚生活はどう?少しは慣れた?……って、そりゃもう慣れっこか。今の奥さんとは、付き合ってた当初から同棲してたんだよね。』

「あぁ。」

『何年くらいだっけ?』

「2年だな。2年同棲して、結婚してからまた1年。もう3年の付き合いになるよ、彼女とは。」

『そっか、さすがイタチだね。付き合う時期とか結婚のタイミングとか、もう図ったように順風満帆だもん。』






『羨ましいな〜、』なんてことを呟き、アタシはチラリと遠くに見える奥さんに目をやった。

気づいたらしいその人が、友達の輪の中からこちらに小さく手を振っている。






『……本当に。見れば見るほど、二人はお似合いの夫婦だね。』






ただ、二人の間には子供がいなかった。






「はは、そんなにおだてても何も出ないぞ。」






子供を作らない理由は知らない。作れないのかもしれない。
























―――ただ、そこに血を分けた第三者が生まれないのをいいことに。



“まだこの恋は間に合うんじゃないか”って……そうやって隙をつけ狙っている汚い自分がいる。






「けど、知り合った年月で言えば、nameとはもっと長い付き合いになるな。」

『う、うん。まぁ……』

「まだなのか、結婚。密かに楽しみにしてるんだが。」

『えーイタチってば、そういうこと聞いちゃう?』

「駄目なのか?」

『ご覧の通り、独り身どころか、彼氏もまだなんですけどぉ、』

「はは、それは野暮なことを聞いたな。けど、それにしたって見る目ないな。」

『えー……その言い方は流石に酷い…。』

「いや、お前が男を見る目じゃなく。周りがな、nameのこと見る目ないよなって。」






“それを言ったら、イタチだって見る目ないよ。”






「……name…?」






“早くから知り合ってたアタシみたいな女より、あとから颯爽と現れた綺麗な奥さんを選んだんだから。”






「……name、どうした?急に黙りこくって。」

『え……あ、あぁ!何でもない何でもない!でもアタシみたいな幹事役って、周りからはそういう異性的な目では見られないっていうか……』

「お前は誰よりも根がいい奴だ。絶対に良い相手が見つかるだろうし、わざわざ焦って探す必要もないさ。」

『そ、そお?だといいけど、あはは……』






何とか誤魔化しその場を離れたアタシ。

でも内心ではぐるぐるぐると、とぐろのように思考が巡っていた。






(わかってない……イタチは全然、わかってないよ……。)






“いい奴”“いい人間”……彼のそういう見解が、アタシに見えない足枷をつくる。

それ以上先の関係に踏み込んでしまえないよう、その言葉がアタシの行動すべてを制限してしまっている。






……だけどアタシはそのポジションに甘んじなければ、彼と今日まで繋がることはできなかったから。






『……っん〜!今日のオフ会も晴れてよかった〜!』






そんなことを思っては、アタシは今日も天候に恵まれた空を仰いだ。
























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その不幸の知らせに、アタシは耳を疑った。






あの招待から実に半年後。

彼の奥さんが、交通事故で亡くなったのだ。






『イタチ……部屋、入るよ。』

「……name、か……悪いな、わざわざ遠くから来てもらって。」

『ううん、そんなことない。大変だったね、奥さんが、事故で……。』






それ以上のことは言えなかった。何故って、本音が口を滑らせて出てしまいそうだったから。






「お別れも言えなかったよ。」

『だろうね……。』

「朝普通に見送って、それっきりだ。」

『うん……。』






彼がこぼして語るその一つ一つに、アタシはただただ相槌を繰り返すだけ。



けどやっぱり心の悪魔は、今あるこの光景を笑って見ているに違いなかった。






―「まだなのか、結婚。密かに楽しみにしてるんだが。」―






……今なら、彼の心を落とせるかもしれない。






『イタチ……、』






彼の胸の虚空に入り込み、ずっと憧れていたそのポジションに立ち上ることが出来るかもしれない。






―――言うんだ、今こそ。






“アタシじゃ駄目かな……?”






今なら、言える。






『あっ……アタシじゃ………、』






なのに目に飛び込んできた彼の表情は、未だに未練を帯びたもので。

それが今、誰に向けられているものかをハッキリと自覚したアタシは……、
























―――唐突にポツリと、それをこぼした。






『………イタチ……あのときの誓いは、本物だったんだね……。』






それというのは、彼の結婚式のときの“愛し続ける”誓い。






『一人の女性にすべてを捧げたあの誓いを……無かったことにはできないんだね……。』






イタチらしいよ。ほんと、イタチらしい……。

続けてそれを呟けば、ボロボロと頬を涙が伝っていた。






そんな突然の告白にも、彼は優しく手を差し伸べる。

アタシの頭に手を置いて、クシャリと髪を巻き込んだ。






「お前が泣くな、name。」






ちょっとだけ困ったような表情で、それでも根底からはアタシを温かく包み込んでくれる……そんなアタシの大好きなイタチ。






でもごめん。この涙は、あなたの思うような清い涙じゃないんだよ。

あなたの不幸ばかりを願って、自らが不幸になってしまったことに泣いた汚い涙なんだよ、イタチ。






『ごめん……ごめんねイタチ。アタシ、何もイタチのためにしてあげられなくて……。』






好きな人の悲しみを共有してあげることもできない。

そんな愚かで卑しいアタシの、うわべだけの懺悔にも彼はニコリと微笑んだ。






「ありがとう、name。お前は本当にいい奴だな。」






―――あぁ、またそうやって……こんな卑しい女のことを、あなたはいつまでも“いい人”呼ばわりする。

なんて酷い矛盾だろう。






『ちがう……ちがうのアタシ、そんなんじゃ……』






けど、そう。所詮アタシは、彼の前では“いい人止まり”。

そんなアタシから、いままで彼にしてきた“いい人”の部分を抜き取ったら、一体何が残ると言うのだろう。






……だからアタシは、続けるしかないんだ。

いい人以上にも、いい人以下になることも許されない憐れなポジションを続けるしか。






『うっ……いや…いやぁあああ……!あぁあ…っ!』






そんなアタシはアタシのために、誰よりも自分の不幸を思って泣いた。



今日もアタシの気持ちを裏切るように、空は清々しいほどに晴れやかだった。






2015/8/1
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