ヘッドフォン・デイズ [1/1]
それで隠してるつもりかよ。
『お…お願いデイダラ、かくまって……!』
お前が何にアンテナ張って、どこにその気を向けてるか。
こっちはとっくに気づいてる。
「今度ちゃんと捕まえとけよ。オレが近寄ると逃げっから、あいつ。」
それにしたって、皮肉じゃねぇか。
芸術の価値観は違うのに、女の嗜好はまるで一緒なんて。
だからオイラがその現場を見たとき、遠目にそれを念じるしかなかったんだ。
『サソリ……は、早くアタシのローファー返してよ、ね…?』
―――馬鹿、やめろ……
『それで……は、話って、何…?』
駄目だ聞くな、聞くんじゃねぇ………
―――その耳を、塞げ。
ヘッドフォン・デイズ---------------
『デイダラ……アタシ、サソリと付き合うことになったの…!』
少し気恥ずかしそうにしながら、次の日オイラに報告しに来た幼馴染み。
昨日の今日で、その首筋には……男の所有である証が、くっきり赤く色付いていた。
(……手ぇ出すの早すぎだろ、旦那。)
もはや他人事のように働く、オイラの利口な思考回路は。
恋愛において、既に諦めることを知っていた。
『もうびっくりしちゃったよ。まさかあのサソリから、告白されるなんて……もう、ほんと夢みたいっ…!』
「そーかよ。そりゃあさぞかしめでたいだろーな、うん。」
『そんなそっぽ向かないで?ちゃんと聞いてっ…!』
そうして机上で力無いオイラの腕を、控えめに何度も揺さぶってくるname。
オイラは頬杖をつきながら、ぐらぐら揺れる視界と思考に気分が悪くなった。
―『ねぇデイダラ……い、今の人、誰…?』―
『デイダラのおかげだよ?デイダラがおんなじ美術部で、一緒に活動してたから。』
「…………。」
『デイダラが居てくれて、本当に良かった……サソリと友達でいてくれて、どうもありがとう…!』
そうして一旦離れると。
nameはよほど嬉しいのか。太陽のような、気持ち良いくらいの笑顔をオイラに注いでいた。
『デイダラには、ほんとにほんとに感謝してるから、アタシ……!』
「…………。」
……そんなどうでもいいこと一心に伝えるくらいなら。
男のオイラが好きか嫌いか、ちゃんとはっきり言ってみろよ。
―『で、デイダラお願い、一緒に帰って…!さ、サソリが戻ってこないうちに……』―
昨日までは、ひたすらにオイラを頼っていた幼馴染みが。
今は別の男のことを考えながら、目の前のオイラに歓喜している。
『やっぱり引っ込み思案なアタシには、ずっとデイダラが必要だね……。』
オイラは女のnameしか要らねぇよ。
『これからも、その……よ、よろしくね…?』
よろしくじゃねぇよ。
オイラの前で女でいられないnameなんか、一緒に居たくもねぇってんだよ。
と、そこでnameがくるりと首を回し。
オイラに向き直れば、申し訳なさそうに手を合わせる。
『ごめんデイダラ、サソリが呼んでるみたい……じゃあ、また後でね?』
そんな、今の関係を継続させる気のあるセリフで締めくくり。
nameは教室の出口に向かって、軽快な素振りで駆けていった。
一方ようやく鬱陶しいのがいなくなり、清々したかと思いきや。
……オイラの利口でない両の目は、その姿を執拗に追っていた。
『お待たせサソリ……きゃ…!』
「待たせ過ぎだノロマ。」
好き同士がくっついたら、上手く行くに決まってんだろ。
『だ、駄目だよこんなとこで……!』
「ほう、首のこいつは堂々と見せつけてたくせに…か……?」
それでも、幸せになることが分かりきってたから。
オイラは何も、言えなかったんだ。
『え……さ、サソリ、付けてたの…?』
「気づくの遅ぇんだよ。」
『や、やだ……で、デイダラに見られちゃった…!』
ようやくその事実に気付いたらしいnameの、耳まで真っ赤にした後ろ姿。
更には恋する女の、また一段階トーンの上がった声。
―――そんなnameを聞きたくなくて、オイラはその日から、ヘッドフォンをした。
「絶対ヤリマンビッチだと思われたな、傑作。」
『……!もうっ、意地悪しないで…!』
それでも視界に映る、お前らの甘い光景は。
オイラを一日に何度も、死刑にさせた。
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『ねぇねぇデイダラ。それ、何聴いてるの?』
休み時間も、席から決して動こうとしないオイラに近づいては。
nameはその日、オイラの頭にあるヘッドフォンを指し示す。
『ちょっと、無視しないでデイダラ?聞こえてるんでしょ?』
「うるせぇな、うん……。」
『ねぇねぇ、何聴いてるの?アタシにもそれ貸して?』
「貸さねぇよ、うん。いいから旦那んとこ行ってろ。」
『サソリは今、移動教室で居ないの。だから暇潰しに、ね?』
……おい、今のセリフどう思うよ。
ついにオイラは、暇潰しの材料にまで成り下がったらしい。
「……随分ゲスいことするようになったよな、お前。」
『もう、何言ってるの?ほら貸して?いいでしょ、ちょっとだけだから。お願いっ、』
「わぁったっての……ほらよ、うん。」
『やったぁ…!』
オイラが観念して立ち上がれば、途端に笑顔を咲かせるname。
これが惚れた弱味というやつか……そんな下らないことを思い描けば、オイラはおもむろに頭のそれを外した。
―――そのときヘッドフォンに絡む、自身の金髪が。
nameにまで到達する頃には、するりと抜けて落ちていた。
『わぁ、バラードだぁ……!』
「…………。」
なんて暢気にこぼすnameは、昔から一つのことにしか集中できない。
オイラにその背を向けてしまうと、ゆったりとした曲調に合わせて首を振り。
瞳を閉じて、長くそれに聴き入っていた。
(……暇だな、うん…。)
そうして今度は、オイラのほうが手透きになってしまったので。
―――そんなnameの背後から、その耳元に。
歌のフレーズには無い、くさいセリフを吐き出した。
「……name………ずっと―――…、―…んだよ……。」
だがその単調で、控えめなボリュームにすらかき消され。
この声は、きっとお前には届かない。
2014/04/29
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