新イタチ長編 | ナノ
33/2.














「おや、だってイタチさんのことを諦めきれないから、いま私とこんなことになっているのでしょう?」

『そ、そりゃあイタチのことを知りたくてここまで来たのは事実ですけど……でもだからって、アタシはイタチの浮気を許したわけじゃない……!!』






力なく掴まれている両の手が、いつの間にか固い拳を作っていた。






『イタチと過ごしたあの二週間が幸せであればあるほど、アタシは彼を許せない……!!アタシとの限られた時間以上に、彼にはたくさんの時間と愛を注いだ人が存在するなんて信じたくない……!!』

「それはそうでしょう。ではイタチさんを許す気はないのに、何故そこまでして彼のことを知ろうとするのです?」

『っ…それは……』

「知ってその後どうするおつもりですか?まさか彼の弱みを握ってどうこうしようなどとは、」

『違う!ちがうけど……』






そりゃあ赤の他人からすれば至極もっともな意見だろう。



それなのにアタシは、今までの勢いが一気に萎んでは声をすぼませる。






『わ、わからない……です…。』

「はい?」

『というか、これまでだってずっとそう……アタシはただ知りたかっただけなんです。イタチと出会った頃から、彼が何を考えてるのか分からなくて……ましてや恋人ごっこを始めたイタチの心境なんて、アタシにはさっぱり、』

「当然じゃあありませんか。そうやって自分本位に考えようとするから相手の気持ちなんて何一つ汲み取れやしないんですよ。」

『……え……』

「そりゃあ被害者意識からモノを言うのは簡単でしょう。イタチさんには女がいた、自分はいいように遊ばれたと嘆いていればいいのですから。」






そういえば、ここに来る前にも同じようなことを言われたんだった。






そしてそこにはもう、アタシを利用しようとする悪意が全く感じられない鬼鮫さんがいた。






「貴女は今まで、本当に彼の立場になって考えてみたことが一度だってありますか?」

『……!!』






それを指摘された瞬間、ハッと我に帰ったかのように気づかされる。






ーーーそうだ。いつだってどこか諦めていた。






ー『それにしてもイタチはすごいよね!本当に同い年とは思えないよ!』ー






イタチみたいなエリートの脳内なんて、アタシみたいな凡人には到底理解が及ばないんだって。






……けど、違った。

アタシが今までイタチを理解出来なかったのは、自分本位でしか物事を考えられないアタシ自身のせいだったんだ。






『……本当は薄々気づいてたんです。今回の件をただの浮気で片付けるには不可思議な点が多すぎるってこと。それをアタシは、自分を憐れむことで蓋をして、見えなくして……』






それを認めてしまえば、心にしまい込んでいた引っ掛かりが、するする口から出ては言葉になる。






『ただ浮気したいなら、別の誰かでも良かったはずなんです。だってアタシのバックにはいつも伯父さんがいる、アタシと恋愛なんてしようものなら伯父さんを敵に回すことは目に見えてるはず。それなのに、わざわざそんな危険をおかしてまでアタシを相手に浮気しようなんて……ううん、そんなあからさまにキスしてみせなくたって、ただ手が触れ合っただけでも相当なリスクが……』






と、そこまで思考してから口が止まった。





『………………キ、ス……?』






かなり間が空いてから、先程出た単語が再度アタシの口から飛び出す。



キスといえば、そう。あの日、一つだけ気になることがあったんだ。






ー「……name、ここから抜け出そう。」ー






あの時された、音のないキス。それでいて異様に熱いキス。

振り返ってみれば、アタシがキスの味を知ったのは伯父からだった。






ー「また一つ大人になったお前に、今日は大人の楽しみを教えてやる。」ー






処女を失ったあの日……伯父による強引な苦いキス。



そんなキスの味しか知らなかったアタシが、イタチとした三度のキスはどれもこれも違う味。






ーーーはじめては、黒蜜のザラつきが残る甘いキス。

ーーーふたつ目は、彼とした約束へのご褒美に貰った、ちょっといけない大人のキス。



そして、三つ目が………






「クククッ……その様子だと、もうこの茶番を続ける必要はなさそうですね。」






そう言って鬼鮫さんはアタシの上から退くと、既に何ともない素振りでタバコをふかし始めた。

アタシはアタシで仰向けのまま、得られた答えを何度も頭で巡らせる。






ーーーそうだ、“イタチのキスは上手い”はずなんだ。一回目も、二回目のキスもそうだった。



なのにあのとき彼とした三回目のキスは“下手だった”。

唯一音のない、キスのテクニックが宿らないものだったんだ。






ー「制約のない世界へ行こう……オレと、二人で。」ー






ただただつたなく、余裕のない。この世で最も熱いキスーーー






『アタシ、イタチに愛されてたの……?』






いやいや夢じゃないか、こんな事実あっていいものなのか。

だけどあのキスについて、そしてアタシを浮気相手としたことについても他に解釈しようがないのも確かで。



だから嬉しいと感じるよりも驚きのほうが大きくて、それでもアタシの目からはポロリと玉のような涙がたった一粒だけこぼれ落ちた。






ー『この人じゃなきゃ駄目っていう運命の人が居るんだよ、アタシにも、イタチにも。』ー






あの頃はあやふやだったキスの概念に、明らかに“重み”が加わるのを感じる。






確かにキスは運命の人でなくても、どんな相手にだろうと出来る。

けど運命の人からのキスは、他のキスとは明らかに違う。






ー「nameにはその時が分かるのか?未来の顔も知らない相手と出会ったときに、その誰かを運命だと。」ー






幸運なことに、汚れたキスをしてきたからこそ、愛あるキスの存在に気づけたなんて。






『アタシの運命は、イタチ……あなただったんだ……。』
























自惚れてもいいですか?

「感傷に浸るのは結構ですが、そろそろ着たらどうですか?目のやり場に困ります。」

『へ?あ……!すすすみません……て、そう言うわりに何でそんなにガッツリ見てくるんですか!?』

「如何せん、視界に入るものはありがたく拝見させていただく性分なので。ちなみに私はこう見えてノーマルですよ。」

『な、なんだぁ。てっきりアッチ系の性癖かと……っていい加減恥ずかしいから瞬きくらいしてくださいよぉ!!』

「すみませんねぇノーマルなので。」


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