33/1.
(ほ、本当に来てしまった……。)
自分で承諾しておいて、いざ来てみれば体がこわばってくるのを感じる。
入ってすぐのところには無人のフロントがあり、そこで部屋や利用時間などの選択ができるらしかった。
(なんか思ってたよりも清潔感ある、けど……。)
ここにあるたくさんの部屋の中で、今も誰かが愛し合っている。
それも恋人同士だなんて綺麗な関係の人ばかりが訪れるわけじゃない。
出会い系やセフレ、はては酔った勢いだったり、最悪レイプ目的にだって……、
「高いところは、慣れましたか。」
『!え、はぁ…まぁ…。』
「では決まりですね。」
急に声をかけられ、驚いた。
しかもそれを聞き出した鬼鮫さんは、このホテルにある最上階の、一番ビップな部屋を指定したようだった。
彼の広い背中越しにその挙動を覗き込もうとするアタシだが、当然のように部屋の鍵は鬼鮫さんに確保されてしまい。
主導権もろとも彼の手の中に握り込まれ、その在り処はスッポリ見えなくなってしまった。
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「先にお風呂に入られますか?それともそのままで?」
『……あの、まさか本気なんですか……?』
部屋に着くなり固苦しいスーツを脱ぎ、ハンガーラックに掛けた鬼鮫さん。
どうやったって視界に入ってしまう大きなダブルベッドの存在感に、アタシは視線をそらさずにはいられなかった。
「おや、何か問題でも?」
『いや、だって……鬼鮫さんがアタシとその、仮にこういうことしたとしても……鬼鮫さんには、それをする理由がないだろうから……。』
「はて、おかしなことを言いますね。私が理由もないのに、わざわざ貴女を相手にこんないかがわしいところに来たとでも?」
『……っ!だって事実鬼鮫さんは、アタシのこと何とも思って、』
「思ってないと……それは貴女の勝手な解釈です。」
すると今度はくつろぎスペースのソファに腰掛けた鬼鮫さん。
すぐさま備え付けのハーブティーを注ぎ入れ、そこで一息。
「興味があります、貴女には。」
『……え…、』
「あのお方が、マダラさんがあれほどまでに執着している事実。それだけ貴女には常人には無い、それほどまでに依存してやまない何かがあるということ……違いますか?」
カップから出る薄っすらとした湯気越しに、彼は再びアタシへと視線を向ける。
そんな個人的見解をされても、と言いたいところだが……思い当たる節なら、ある。
『……甘いから……ですか…?』
―「……甘いな、nameは。」―
『アタシが甘いからっ……伯父さんやイタチや、あなたみたいな無関係な人まで引き寄せてるって言うんですか…!?』
「はて、何のことやら。何にせよ、楽して手に入るものは何一つ無いと言ったはずですが?」
『っ……じゃあ、あなたはアタシに何を望んでるんです?』
「さぁて、どうしましょうか。」
本気なのか、冗談なのか。
飲み終わったカップをテーブルに置くと、片足首を膝にかけ両手を組み合わせる。
依然意味ありげなことを呟いては、なかなか事の核心に触れようとはしない鬼鮫さん。
「煮るなり焼くなり好きにしてみましょうかねぇ。」
その言動は、アタシの一挙一動を試しているように感じた。
……拳が、小刻みに震える。けど、このまま突っ立ったままでは終われない。
アタシはようやく足を動かし、彼のいる手前まで歩み寄る、と。
カチャカチャ……、
「……!」
アタシはベルトを外していた。
そうしてスカートのチャックを下ろせば、そのままストンと床に落ちる。
Yシャツが股のギリギリにしか無い、その状態で。
アタシは更に第一ボタンから順に指をかけていった。
『……っ…!!』
信じられない……こんな見知った人の前で、自分から衣服を脱ごうなんて。
そうしてYシャツは脱がず、前のボタンを全てはずしきってから、パッとまとわぬ部分が見えるようにだけ払ってみせた。
『…いい、ですよ……好きにしてください。』
「…………。」
『だけどその代わり、イタチのことは全部話すって、約束してっ……!』
顔もあげれず、全身が震えていた。
それでも無力なアタシが選べる選択肢は、これしかないんだ。
―――力のない人間は……カラダが欲しいと言われれば、それを差し出すしか。
―「いい女になったな、name……。」―
今までだってずっと、そうしてきたんだから。
すると腰かけていた彼が立ち上がる。
そのときが、重い足音とともに、アタシの前までやって来ると。
―――その大きな背中を丸めて、耳元で囁いた。
「クククッ……いい度胸ですよ、貴女。」
『っ!!』
どんっ、
咄嗟に背後のベッドに突き飛ばされ、だらしなく投げ出された弱い体。
目をギュッとつむり顔をそらすアタシの上から、覆い被さった彼に両の手首を拘束される。
掴まれたその箇所と、彼の体重がかかる箇所がシーツに深く沈んでいた。
「いつもそうやって、あのお方を誘っているのですか?」
『ち、ちが……あ……!』
「ではそれもあのお方に教わったのですか?随分やらしいですねぇ、ククク……。」
アタシの鼓膜に植え付けるように、今の醜態を露骨に知らせる彼の口。
そこから表れた鋭い歯が、アタシの耳を挟んでは楽しそうに甘噛みし始めたのもつかの間、
『!?痛ッ……あぁ…!!』
激しい痛みが、アタシの左耳を襲った。
段々と酷くなる耳の痛みに、途端にアタシは青ざめる。
「クククッ……言われなくてもわかりますよ、貴女の今の心境。怖いのでしょう?」
そんなアタシを見透かすように笑う彼の口角には。
……かすかに滲んだ、血の赤が見えた。
(……っこの人……!!)
「私が怖くてたまらないのでしょう?クククク……!」
(人の血を見て興奮するタイプだ……!!)
彼の性癖を前に、アタシの決意がグラグラ揺らぐ。
覚悟していた性的な屈辱が、痛みという名の絶大な恐怖によって覆われていくのを感じる。
いやだっ……逃げたい、怖い…でも……っ!!
「ならもう一度チャンスをあげましょうか?」
『!!え……』
「イタチさんのことを今ここで後腐れなくスッパリ諦めるのなら、このお遊びはここまでで勘弁して差し上げますよ?」
すると敢えて逃げ道を作るかのように、そんなことを提案してきた鬼鮫さん。
ーーー諦める……?アタシが今更、イタチの何を諦めるっていうんだろう……?
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