28.
(イタチ……イタチ、どこにいるの……?)
アタシは暗闇の中、手探りで彼を探している。
いっつも側に居てくれたから、いつでも身近な存在だったから。
そうすることでしか、アタシは彼を探す方法を知らなかった。
一人はイヤ……一人にしないでよ、イタチ……!!
ピピピピ、ピピピピ…
『………あ…夢、か……。』
携帯のアラームに呼び起こされたアタシは、うっすらと瞼を開け天井を仰ぐ。
イタチに会えないで、もう幾日経過しただろう。
ピピピピ、ピピピピ…
(アラーム消さなきゃ……、)
アタシは寝ぼけ眼のまま、本能的に首を音の鳴るほうへと傾けた。
―――と、仰向けたアタシの右手に重ねられた、男性の手。
『っ!!』
アタシが咄嗟に反対側を向けば……数センチ先の距離にあった伯父の顔が、微笑を描いた。
「おはよう、name。」
『……!!』
がばりっ、
アタシはすぐさま起き上がるが、そのとき肌に触れた空気の質感に思い出す。
……自分が今、裸であることを。
(っ…!!やだ、えーっと……どこやったっけ…!?)
半身起き上がらせた状態で、さすがに出るに出られないアタシは。
胸元を掛け布団のシーツで隠しながら、手探りでそれを探し出す。
「探し物はこれか……?」
『!!ひぁ…!』
すると背後から密着した伯父の素肌。
アタシの肩を抱くその右腕の先にあったのは……昨日ぬぐい去られた、アタシのブラジャー。
その恥ずかしさに、アタシはひたすら顔を赤面させるばかり。
「つけてやる。じっとしていろ。」
『…あ……、』
そうして器用に胸元に回されて。
慣れた手つきで伯父の指が、ブラジャーのホックをかけ終える。
「昨日はなかなか良かったぞ、name……とは言っても、ほんの数時間前のことだがな。」
『……っ…!!』
伯父の手が、アタシの腰のくびれをいやらしく撫でる。
アタシはもう我慢ならず、一気に布団を剥いでベッドから抜け出せば、床面に脱ぎ捨てられた下着やら仕事着やらをかき集めた。
―「今さら何だその様は……やり方ならもう分かっているだろう。」―
……もう…何で…何で…っ!
―「ここからだとよく見えるな、貴様の淫らな醜態が……。」―
背後で同様に着替えているであろう伯父の恐怖に、ボタンを止める指すら思うようにいかない。
は、早くしないと伯父さんが……、
「まだそんなことをやっているのかname。」
『んあ!?はあっ、』
「その格好……どう見ても誘っているようにしか思えんな。」
既にネクタイまで綺麗に結ばれた伯父は、またもアタシの背後を取る。
上にまだYシャツしかまとっていなかったアタシは、その腕から脱け出そうと必死だ。
『あ…朝からやめてください…か、会社に遅れます……、』
「フ……そうだな。朝時間に追われながらも身支度に必死なお前が、つい可愛くてな。許してくれ。」
どうやら幸い、今日は機嫌が良いらしい。
大人しく身を引いた伯父に、すかさずアタシは残りの衣服を身にまとった。
「着替えたらすぐ出るぞ。お前の職場までは距離がある。普段マンションから出るときの時間に合わせたアラームでは、着くのもギリギリだろう。」
『あ…はい…』
「フフ……name、襟がよれよれだな。これでは職場の連中に、“何か”あったと思われても仕方がないぞ。まぁ、そう思われたいのなら話は別だがな。」
そう軽く笑みをもらした伯父が、今度は正面からアタシに近づき。
その手がこそばゆく首元をうろつく。
―――伯父さんはそう、機嫌の良いときに限って優しくするから。
うちはの血を引く者同士のさがか……アタシはこのときの伯父と、彼とがどうしても重なって見えてしまう。
もしこの手が、イタチだったら……、
「よし、出来た……行くぞ、name。」
そうして満足そうな伯父に、首筋にキスをされる。
アタシは胸の空虚感を抱えて、今日も会社に向かうのだった。
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ひとりぼっちになりたくない。
その対象を伯父に求めたのが、いけなかったのかもしれない。
―『ず…!ずっと一緒にいでください……っ!!』―
幼少の頃、両親を亡くして間もなかったこともあり。
アタシは目に映るものを選(え)り好みすることなく、ただその対象を早急に要していたから。
―『あ…アタシ、いい子にしてるから……おねがいします、あ、アタシと一緒に……。』―
「そういえば聞いてなかったな。」
びくりっ、
その一声で現実に引き戻されれば、隣で運転する伯父に思考と視線を奪われる。
『あ、はい……何か?』
「一人でシたときは気持ち良かったか。」
『へ……』
―『ひ、一人で…シてたの……。』―
―「俺と会うその日に。俺がシてやる前に、お前は一人でイッたのか。」―
「答えてみろ。自分でシたのと、俺にされるのと、どちらが気持ちいいんだ。」
『へ…っい、いや……!』
待ち受けていた信号待ち、朝の町は忙しないながらも清々しさに満ちている。
なのに箱の中のアタシたちは、そんな世間とは不釣り合いな会話を続けていた。
「だらしのない体だな、name……自分でそうは思わないか?」
『っ……!!』
「快楽欲しさにそこまでするか。俺を相手にしておきながら、まだ満たされることを知らんとは……今度日に貴様が何回イけるか試してやるのもいい手かもしれん。なぁname……?」
伯父はといえば、まるで面白いオモチャを見つけたかのような眼力で、アタシを侵す。
アタシは自分が作り上げた、偽の真実から目を背けていた。
(……っ違う…!アタシはそんなこと、やってないのに……!)
だが本当の真実を話すことなど……イタチとの関係を打ち明けることなど、尚更アタシには出来やしない。
しかし今ある現実は何だろうか。
アタシはあのデート以来、イタチに一度も会えていないのだ。
―「この二週間も、今日のことも……いつもオレの勝手に付き合ってくれて、本当にありがとう。」―
(何で……どうして……!?)
それはアタシが、例え真実を白状していようと、このまま嘘を貫き通そうと。
結果としてはどちらも、今ある惨状にしか……イタチと会えない結末にしか、なり得ないんじゃないのか。
(本当にこれでいいの……?本当にこれで合ってるの、アタシ……!?)
アタシの今の努力は、本当に意味のあることなのか。
アタシがしているこの行為は、本当にイタチのためになっているのか。
すべてが不安で。泣きたくなるほど、屈辱的。
「着いたぞname、もう遅刻スレスレだな。だが返事を聞かんことには降ろせん、早く言ってしまえ。」
到着したらしい声がけをすれど、伯父は未だにアタシを弄(もてあそ)んではニヤついている。
―――アタシはこれからも、伯父さんに淫女のレッテルを貼られ。
無実の罪にプライドを傷つけられながら、生きていかなければならないのか。
ガシッ、
「ほら、どこへ行くname。」
『き、聞かないでください……!もう降りますから、』
「行かせん、と言ったはずだ。なぁに、一言吐露すればそれで終わる。」
『やめて、手首が……いっ痛い…!』
ぎゅうううっと締め付けてくる伯父の握力から、逃れられた試しなどない。
それでもアタシは、この場から逃げ出したい一心で……咄嗟に伯父に顔を寄せる。
ちゅう……
「!!」
アタシは伯父にキスをした。もちろんその口に、直接。
伯父の隙をつくには、これしかなかった。
(ごめん、イタチ……!!)
そこからスルリと舌を滑り込ませ、伯父のそれを丁寧に舐め上げる。
自分からしたことなど一回もないのに……それくらい今のアタシには耐え難い、残酷な質問だったから。
『こっ……これで、許して……』
「…………。」
涙目越しにそう告げて、アタシは転げるように車を出た。
そうして振り返ることもなく、背後の伯父から遠ざかっていく。
「……キスが上手くなったな、name。」
そんな伯父の反応は、既に何かを悟ったように、またほくそ笑んでは遠のくアタシを見送っていた。
その口づけ、他人仕込み「こればっかりは、一人で上手くなるものじゃない……“誰か”に教えてもらったか…?」
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