23.
プルルル、プルルル……
アラームの音で、目が覚める。
『ん…!ふぁ〜あ、よく寝た……。』
カーテンを開けると、太陽はもうすっかり昇りきっていた。
えっと、腕時計腕時計……あれ?おかしいな、いつもこの場所に置いて………って、あーーーっ!!
『ちょ!アタシ……!き、昨日のカッコのまんまじゃん!!』
思えば昨日、部屋に戻ってからの記憶がない。
イタチが昨日選んでくれた、圧迫感のない服装も相まって、アタシはそのまま夢の世界に旅立ってしまったらしい。
付けっぱなしの腕時計を見れば、午後1時……これはなかなかの快挙である。
『うあ、化粧もしたまんま!やっば〜、早く落とさなきゃ、え〜っとお風呂お風呂……!』
アタシはもう一目散に脱衣所へと駆け込み、湯銭の蛇口をひねる。
いつもは面倒臭がってシャワーオンリーだけど……うん、寝坊ついでだ。今日はゆっくり浸かっちゃおう。
プルルル、プルルル、
と、上着を脱いだ状態で、またも聞こえてくるアラーム音。
(あれれ?おっかしいなぁ、アラーム消し忘れたっけ……ま、いっか。その内やむだろうし。)
そうしてあれよあれよと素肌になれば、湯気の立ち込めるお風呂場で、早速体を洗い出す。
『ふんふんふ〜ん……って鼻唄とか、ベタだなぁアタシ、どんだけあからさまにご機嫌…ってイダダダダ!!ほ、ほんとに筋肉痛になってるしぃ!!い、イタチがこの場にいたら笑われちゃうや、あはは……』
だがそのときに、ぱっと浮かび上がったイタチの顔。
しかもその顔はいつもの彼のものではなく、ほんの数時間前に見た別れ際の彼の顔で。
……アタシを芯から見つめた、色っぽいイタチの表情に。
その顔があまりにもリアルすぎて、アタシはボンッと頭が沸いていた。
『え、あ……!や、やだアタシってば!!ななななに急にカラダなんか隠してんだろ!?きっ、昨日だってアレ以上のことは何もなかったわけで……!!』
そう、あの後は、何も……
―「オレはこの先も、nameを待たせるかもしれない。何年も、何十年も……でもそのときは…」―
『オレの言葉を信じて、それでも待っていてくれないか……。』
そのまま自然と彼の言葉を復唱すると。
そのときの感触を確かめるように、アタシは唇をすぅっとひと撫でしてみた。
『は〜ぁ……しちゃったなぁ、がっつり……。』
いや、別に嫌な訳じゃないよ?ていうかむしろ嬉しいし。
ただあのときのキスは、アタシの返答に対するご褒美みたいなものだったから。
―『……うん、待ってる。アタシ、イタチのこと待ってるよ。』―
なのにアタシは、彼の気持ちに嘘で返した。
だって何年も何十年も先のことなんて分からないし……なぁんて、そんな言い訳だって作ろうと思えば、後からいくらでも付け足せてしまう自分がつくづく嫌になった。
(結局せこいんだよなぁ、アタシって……。)
チャポン……
久々の湯船に浸かれば、今の気持ちに相反して、体の芯までとろけそうになる。
『……ううん。でも、そんなのアタシが約束を守ればいいだけのこと……だよね…?』
アタシがそれを守りさえすれば、必ずイタチは応えてくれる。
だからアタシはひたすら“待つ”……うん、簡単なことだ。
そう心に決めて、アタシはザバァと湯船から上がった。
プルルル、プルルル、
『………またぁ?』
体を拭いていたところで、扉越しに聞こえてくるアラーム音。
うっとおしいのでタオルを巻けば、アタシは部屋まで直行する。
と、今度は勝手に鳴りやんだアラーム音。
それでもアタシは携帯を手にし、設定を変えようとパカリと開いた。
『はいはいはい、アタシは起きてますよガラケーさん?今度携帯に目でもつけたらいいんじゃ、……え…?』
だがその画面を見れば、固まった。
思えば自分は機械に疎いので、初期設定のままだったことを思い出す。
……さっきっからずっと鳴っていたのはアラームじゃない、電話だったのだ。
―「着信履歴、一番上にしといたからな。」―
そうして昨日までそこにあった彼の、イタチの名前はなく。
縦に並ぶ着信履歴の列に、アタシは思わず携帯を落とした。
“name、今どこにいる。3分以内に電話しろ。”
“name、俺を無視してまでの用事とは、随分といいご身分になったものだな。”
“早くしろ、俺も暇じゃない。お前と会う今日この日のために、どれだけの金と労力を費やしたと思ってる。”
“今日日付を跨ぐより前に、返事をよこせ。さもないと取り返しのつかないことになるぞ。”
落とした衝撃で話し出す、それら全ての伝言メッセージ。
その後も続く言葉の羅列だったが、あるところでピタリと止まると。
プルルル、プルルル、
『…………。』
また音と共に震えだす。
屈み込んでそれを拾えば、緩んだタオルが床に落ちた。
それでも構わずアタシは……その名前が、表示画面を何度も点滅させるのをジッと見ていた。
プルルル、プルルル、
『………っ…』
……何コール目に入っただろう。
ようやくアタシは震える指で、依然けたたましく鳴るその通話ボタンを押した。
着信、99件目突入「……nameか。返事をしろ。」
『………伯父、さん……』
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