14.
そんなアタシとイタチには、空白があった。
『すっごいイタチ、今の何……!?』
これは、アタシがそれをつい口走ってしまったときのこと。
「何って、ただ道を聞かれたから道案内しただけだ。」
『だけって……今の英語じゃない、しかもペラペラ…』
「あれくらいの日常会話なら誰でも話せる。……ん、もうこんな時間か。今日は少し遅かったな。」
『え、あぁごめんね?連絡もしないで、』
「いや、いいさ。それじゃあ乗って。」
誰でもって……じゃあディス イズ ア ペンまでしか話せないアタシは人外か!!
内心そうツッコミながらも、アタシは助手席のシートに乗り込む。
今日はいつもより仕事上がりが遅くなり、道路も混雑のピークを迎えていた。
『でもそういえばイタチって、つい最近までは海外に居たんだよね?』
「ん?あぁ、そうだな。」
『空港から出てきたときなんかビックリしたよ!イタチいつの間に海外なんか……そういえばどこの国に行ってたの?向こうでは何してた?ホームステイってやつ?それとも学校の寮生活で……、あっ…!』
と、そこまで口を滑らせてから、はたと気付いたアタシは。
隣のイタチに何を言われるより先に、今の言葉を撤回する。
『や、やっぱりいいや!はは…変なこと聞いてごめん、えーっと、あーっと……!』
何故なら、今アタシが何気なく聞いた一言が、彼とアタシの持つ“空白”そのものを指していたから。
―『……ひ、ひとりぼっちなの…』―
―「それで?」―
―『さ、寂しくて……』―
―「寂しい?」―
―――それは、アタシたちが出会う5歳以前の過去と。
アタシたちが離ればなれになってからの、6年間。
―「どうした、早く乗らんか。」―
―『だ、だってまだお別れを……』―
それらの空白とも言える時間を、お互いに今まで掘り下げようとしたことはなく。
むしろ話したくない……知られたくないという意識のほうが、先立っていたように思う。
「別に変なことじゃないさ。nameが気を揉むことは何もない。」
『ううん、いいの!話さなくて……アタシがそれを聞き出して、どうこう口を挟めるわけでも、ないから…』
両手をブンブン左右に振ってから、最後には萎びた気力のない手を膝に戻す。
だってアタシが仮にもし、イタチの空白を聞き出そうとしても……逆にアタシ自身の空白について、彼に問い返されてしまう気がして。
だからお互いに、その話題を避けて通れるのなら都合が良かった。
『えーっと、うーんと……あ、でも海外なんて、ううう羨ましいなぁ!英語だってペラペラなんだし、イタチはどこ行っても不自由しないよね!』
「いや。向こうでも不自由ならあったさ。」
『そ、そう…?』
「あぁ、いろいろな。」
『ふーん、あ…じゃあさ!次にイタチはどこ行きたいの?できればアタシでも行けそうな場所がいいな〜なんて、』
「何だ、nameも海外に行きたいのか?」
『え、あーいやいや!別にアタシもっていうか、行けたらいいな〜って……あ、そう!妄想!これアタシの妄想だから!』
「いや、そこまで無理して否定することないが……でもそうだな、nameも一緒となると……」
『うんうん、どこかいいトコありそう?でもやっぱオシャレなイタチのことだから……わかった!次はずばり、パリ!と思わせてロンドン?いやニューヨーク!?』
うわーいいよな〜、花の都パリに映える美男。くぅ、洒落オツすぎる……!
むしろイタチなら、パリコレに出ていてもおかしくないくらいだもの。
なーんてことを一人で考え、昂るアタシとは裏腹に。
「……無人島が、いい。」
『へ……!?』
「誰の目にも干渉されない場所で、二人きりになれる世界で、」
『は……、』
「そこでゆっくり、過ごしたい……。」
……既にハマってしまった帰りのラッシュ。
渋滞して車が動かない時分に、イタチは窓の縁に肘を付いて、遥か遠くを眺めていた。
(……イタチ、疲れてるのかな。普段はそんな素振りもないけど…。)
それにしても意外すぎる返答に、アタシも何だか根も葉もないことを思考してしまう。
……でも昔から、自分のワガママなんて一切言ってこなかったイタチだから。
アタシはそんな彼の願いを、何だか無性に叶えてあげたくなったんだ。
『……それいいね、行こうよ無人島!』
「!」
『いつか二人でさ、ね?都心から離れて船に乗って……っと、お昼はバーベキューでしょ?で、夜は砂浜に寝っ転がったりなんかして………でさ。一日の終わりに、いままであったいろんなことも、ぜーんぶ打ち明けられたらいいよね…!』
なーんて、そんな夢みたいなことを一通り並べていけば……窓の外から、こちらに顔を向けたイタチ。
そんな彼に、アタシは今できる限りの笑顔を返そうと力を込める。
―――若干引きつっては、いなかっただろうか。
そんなことを言っておいて、笑いかけておいて……アタシは何だか、泣きたくなってしまった。
―『そういえばイタチって、つい最近までは海外に居たんだよね?』―
……だって、いつかこの“空白”も。
―『そういえばどこの国に行ってたの?向こうでは何してた?ホームステイってやつ?』―
話さないでいれば、お互いに都合がいいのは分かってる。
だけどやっぱり、それすらも……ほんの過去の出来事として、イタチに打ち明けられたなら……。
「……そうだな、行けたらいいな。」
『い、行けたらじゃないよ、行くんだよ!』
「ははっ、そうだったな……行こうかname。いつか二人で。」
慌ててそれを付け足すアタシに、自然な笑顔で返すイタチ。
ほんとイタチってば、いつの間にかこんなに笑顔が板に付いちゃって。
アタシも少しは見習って、ちゃんとハキハキ受け答えできるようにならないと……!
「けど、そうやって一度抜け出したら……」
『ん?』
「オレはこの先もう二度と、こっちの世界には戻って来れなくなるんだろうな。」
―――でも、いざそう心に決めた矢先……アタシはこのセリフに、どう返したらいいのか分からなくて。
だからさっきのイタチ同様、アタシは反対の窓の虜になると。
騒がしくなる夜の町並みに罪をなすり付け、何も聞こえないフリをした。
片道切符のワケ、『ちょ…!ちょちょちょっとイタチ、今の何語!?』
「アラビア語だな。他にもイタリア、ドイツ語、中国語……あと5ヵ国語くらいなら、普通に話せる。」
『に、人間じゃないよイタチ……。』
「そうか?ただの日常会話だし、これくらいなら猿でも話せる。」
(ってオイオイ、アタシは猿以下かぁ!!)
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