24/2.
そうやって、その後ろ姿を見ているだけで……相当name成分が足りなかったんだって、思い知らされる。
(ヤバイまじで……今メチャクチャ話しかけたい、うんっ……!)
家にずっと閉じこもってた間は、本当に会いたくなんてなかったけど。
いざこうして会ってみると、もっとその姿を見たい、もっと話したいって……気持ちがどんどん前のめりになる。
と。随分歩いたところで、nameがフッと立ち止まる。
門構えまである屋敷の前で立ち止まると、そこをくぐり中へと入っていく。
「……デイダラ、この場所に心当たりは?」
「ない、な……うん……。」
そうして門から中を覗くと、庭を抜けた先にある玄関へと上がり込むnameを最後に、その姿が見えなくなってしまった。
「よし、邪魔するぞ。」
「お、おい旦那!さすがに他所の家はヤバいって、」
「じゃあテメーはのこのこ帰れんのかよ。んな得体の知れねぇ屋敷でnameがナニされてんだか分かんねぇままでよぉ。」
「っ……、」
そこまで言われてしまえば当然引き下がれないし、言われずともオイラ自身がそれを許さなかったと思う。
セキュリティの甘い縁側から入れば、続く長い廊下を人の気配のある方へと進んでいく。
『でもスゴイよね!サイくんって頭良かったんだね!』
「っ!!」
久々に聞いた幼馴染みの声に、自分でも驚くくらい肩が跳ね上がっていた。
『だって保健室で授業受けてて、他の子よりも時間とれてないはずなのに、なんでなんで!?』
「だって先生が黒板に書いたりそれを書き写したり。生徒に手を挙げさせて答えさせたり、一人一人に朗読させたり。あんなチンタラ授業しなくたって、要点だけ覚えれば済む話だからね。」
『な、なるほど……でもでも!授業も案外楽しいよ!』
そんな会話が耳に入れば、旦那がクイッとあごで指し示す。
その部屋の襖の前で、しゃがんだオイラたちは息を潜めた。
『いやーでも、サイくんに教えてもらえて助かったよ!もう一人で夏休みの宿題なんて終わる気がしないもん!』
「それは良かった。けどその様子じゃ、去年とかはどうしてたの?宿題。」
『え……あはは、それはもう幼馴染みに頼ってたかな。他にも頭いい友達はいたんだけどね、何でか教えてくれないの。』
(たりめーだろ。オレから教えたらどっかの誰かさんを構う口実が減るからな。)
(……変なとこまで気ぃ遣うよな旦那って、うん。)
なんて、小声でやり取りする間にも。
……オイラはその名前を聞き逃さなかった。
(つーかコイツかよ、例のnameにキスした変態ヤローが……!)
(おい何だよその話聞いてねぇぞ、そこんとこもっと詳しく。)
「……会いたい?」
そうnameに尋ねる奴の声に、イラッ。
声だけを頼りに場を読み取るしかないせいで、その優しさを含んだ声が余計にオイラを苛立たせる。
……するとそんなオイラの耳に、今度はnameの不安げな声。
『…………わかんない。』
「酷いことされたんでしょ?そいつから。」
『だってわかんないよ………確かに酷いことされたけど、ずっと昔から一緒だったんだもん。毎日顔だって合わせてた人と、こんなときどうしたらいいのか、会いたいのか会いたくないのか、会って何をすればいいのか、わかんないよぉ……!』
混乱したように、震えるその声に。
オイラの中で、ストンと落ちる。
……何だ、オイラだけじゃない。nameも同じ気持ちだった。
ー「寝ぼけたこと抜かしてんじゃねぇよ、nameん家に決まってんだろが。」ー
ー「っ……!!無理無理オイラ絶対無理!!」ー
お互いどうしたらいいのか、わからなくなって。
わからないから、とりあえず互いを遠ざけて。
そうやって先送りにしたって、現状は何も変わらないのに。
ーーーやり直せる、気がする。
きっかけさえ作れば、またいつもの関係に戻れる気がする。
「じゃあ僕のことは、どう?」
「!!」
「僕はnameちゃんに会いたいよ。いつでも。」
『……あ、ありがと…、』
「nameちゃんは、どう?」
『あ、アタシは、えーっと、』
「宿題だって終わっちゃったら、もう僕のところへは来なくなるの?」
あんのヤロー、いらねぇ質問しやがって……!!
するとnameも困惑からか、しばらく間を置いてから……今まさに決めたように口にした。
『……それじゃあ今年は、特別。サイくんづくしの夏休みにしよっかな!』
「!!」
『なんて言って、他に頼る宛もないからなんだけどね、えへへっ……。』
なんて誤魔化すように、照れ臭そうに頭を掻くnameの顔がリアルに浮かんだ。
……やめろよ、name。
お前がどこぞの馬の骨に笑いかけてるってだけでも吐き気がするってのに。
「……nameちゃん。治癒してもいい?」
『へ?』
「僕いますっごく、nameちゃんのこと治癒したい。」
すると今度は胸糞ヤローの胸糞悪い問いかけ。
会話の意図はわからないものの……襖の向こうの空気がガラリと変わった気さえした。
『ち、治癒って……アレ?』
「うん。すごくしたい。」
『えー、それはでも……』
「嫌だった?」
『嫌というか……だってサイくんくすぐったいんだもん……!』
そんな幼馴染みの気恥しそうなセリフを最後に、辺りはシン……と静まり返る。
いや、そんな中で唯一聞こえてきたのは、口の接触を思わせるリップ音と。
『んっ、』と時折漏れるnameの上ずった声。
ーーー神経がブチ切れる音がした。
ガタンッ!!
「このクソヤローが!!nameに何してんだ殺すぞ!!!」
と思い切り襖が開け放たれ、nameに接近するその男の首を捻り上げた。
後ろでは「あーあー」とこぼす旦那の声が聞こえたが、そんなのお構いなしだ。
オイラがはじめて目にしたその殺気の元凶は、能面みたいに白いモヤシ男だった。
「……どちら様ですか?不法侵入者なら通報させてもらいますけど。」
「うるせぇよ!!この変態ヤローが!!nameに変な気起こしたらタダじゃおかねぇからな!!」
「おい待てデイダラ、少し落ち着け。」
「……あぁ、君がnameちゃんのこと傷つけたデイダラとかいうクソヤロー?」
「クソヤローはてめぇだ!!散々nameを弄びやがって……!!」
そいつはオイラからの罵声にも痛くも痒くもないというように、薄気味悪い笑顔を張り付かせながら首を傾けた。
「どうでもいいけど、そろそろ出て行ってくれません?」
「あぁ!?何ふざけたこと抜かして、」
「賛成だな。デイダラ今日は引き上げるぞ。」
「はぁ!?旦那まで何言ってんだよ、こいつがnameに何したかわかってんのか!?」
「気づかないの?僕もそこの人も、nameちゃんのことを思って言ってるだけだよ。」
「ッ……!!気安くnameの名前を呼ぶんじゃ、」
そうやって怒鳴りかけた視界の隅で、nameを見つければハッと我に返る。
……nameのマスクは、外されていた。
そうして露出した痛々しいくらいの傷痕が、オイラに希望なんてないと肯定しているよう。
nameはオイラを直視したままカタカタと、歯を震わせて恐れていた。
「……name………、」
『っ……!!』
「いつまでも幼馴染み気取りしないほうがいいよ。それだけの傷を、君はnameちゃんにつけたんだから。」
オイラがその名を呼んでようやく視線をそらすnameは、それでも震えが収まることなくジッとその身を縮こませるばかり。
……オイラは捻り上げていた手を、ゆっくり離した。
「幼馴染み主張する暇があるなら、少し頭を冷やしてきたら?」
そう耳元で諭され、何も言えなくなる。
ー『こんなときどうしたらいいのか、会いたいのか会いたくないのか、会って何をすればいいのか、わかんないよぉ……!』ー
お互いに対面できた、そのきっかけに対して。
何も変わらない、あの日と全く同じ反応。
……それがお前の答えなのかよ、うん。
きっかけなんて、関係ないオイラは一生分を、nameに嫌われたんだ。
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