23/2.
な、何じゃこりゃあ〜ってくらい、サイくん家は広かった。
『すごいすごい!おうちと言うよりお屋敷って感じだね!シブい!』
「まぁね。書道教室を開いてるから、わりと部屋はたくさんあるよ。」
「あれ、サイ?帰ってきたのか?」
アタシが感嘆の声をあげていると、奥の部屋から若いお兄さんが顔を出してきた。
『あ!こ、こんにちはサイくんのお兄さん!アタシnameです!』
「やぁどうもご丁寧に……あの失礼ですけど、サイとはどのようなご関係で?」
「あぁ、僕の好きな子だよ。」
『ぶっ!!』
何とまぁここでもどストライクに言うもんだから。
アタシはもちろん、例のお兄さんまでこの驚き用だ。
「○☆〒※〜〜!?えぇ!?さ、サイに好きな女の子!?じゃあふっ、ふたりは付き合って、」
『あ、いや、ちがっその、』
「僕が勝手に片想いしてるだけだから、付き合ってはいないよ。」
「あ、そうなんだ……?いやでもそれはそれは、よく来たね。さぁどうぞ上がって。」
『お、お邪魔しまぁす……。』
何だかいろいろ誤解されてそうだけど……何だよ片想いしてるだけって!何だかアタシが気まずいよ!
「部屋がたくさんあるもんだから、ここが僕の部屋って決まりはないんだけど。この辺でいい?」
『ど、どうぞどうぞどの辺でも!』
「へぇー、夏休みの宿題一緒にやるだなんて、あのサイがなぁ。じゃあ、どうぞごゆっくり。」
『はいっ、ありがとうございます!』
そうしてお兄さんが去ってしまえば。
通された畳のだだっ広い部屋で、またサイくんと二人きりになってしまう。
にしても、一部屋がほんと広すぎて落ち着かないよ。
こういうときアレだよね!東京ドーム何個分かで比較するの!えーっと東京ドームがいちにぃ……行ったことないから分かんないや。どひん!
「そんな正座してないで足崩したら?誰が見てるわけでもないのに。」
『え、いやー何だかソワソワしちゃってさ!さぁてと勉強勉強、』
「そんなまだ夏休み始まったばっかりだし、焦ってやることないんじゃないの?」
『いやいや、そんな夏休みの宿題先取りしてるサイくんに言われましても……』
「そういえばさ。昨日から散々気になってはいたんだけど。」
宿題を終わらせてる者の余裕なのか、悠長なことを言うサイくんがまた別の話題を持ちかける。
「そのマスク、どうしたの?」
『!?へっ、あ、マスク!?』
「昨日も今日もずっとしてるみたいだけど。風邪じゃないんでしょ?」
『いやいやそれが風邪なんですよ!ゲホゲホッ、あ、でもこれ移らない風邪ね!だからサイくんは大丈夫!』
「……言い訳するくらいだから、やっぱり何かワケありなんだね。」
『い、いやいやホントなんだって、』
「隠そうとしても無駄だよ。さっきもアイス食べてるとき見ちゃったし、その場で騒ぎにはしなかったけど。傷だらけなんでしょ?」
『え、いやその、えーっと……』
「見せて。」
何て策士だろう、アタシのマスクの謎を探るためによもやアイスを仕掛けてこようとは。
それともマスクしてるから、見えないから大丈夫なんて思ってたアタシが安易なんだろうか。
アタシの防御力が低いおかげで、あっけなくサイくんにバレてしまったみたいだ。
『うーあー、その……絶対誰にも言わないでね…?』
「言えるような仲の人いないから。ほら早く。」
そう急かされてしまえば、観念するしかなく。
アタシが恐る恐るマスクを外すと……サイくんの表情が、ほんの少しだけ曇った気がする。
「……あのさ。ほんと何したらこうなるの?野犬にでも噛み付かれたわけ?それとも別の、」
『な、何でもないの!ちょっとアタシの不注意で、その……ははっ…』
「本当のこと言って。」
アタシが何とか誤魔化そうとしても、サイくんの猛追が真実にたどり着くまでやめようとしない。
そうやって迫りくるサイくんから逃げるようにしたおかげで、背後の襖に追い込まれた見た目も相まって。
……アタシはポツリ、ポツリと。その出来事を紐解いていく。
『……ちょっと幼馴染みと、ケンカしちゃって。』
「どんな喧嘩したのさ。顔中傷だらけになるだけの喧嘩って。」
『え、その……』
「おとといは、マスクなんてしてなかった。それで昨日突然つけだしたってことは、僕とキスした後すぐ会ってこうなったんじゃないの?」
『うっ……、』
「ゆっくりでいいから、言って。」
早くって言ったり、ゆっくりでいいって言ったり。
四つ足になって迫るサイくんが、じっとアタシが話すのを待っている。
『…………こ、怖かったの……アタシ、ずっとチューも結婚も、幼馴染みとするんだって、思ってたから……だからサイくんにチューされて、すごく怖くなっちゃって、』
「…………。」
『それですぐ幼馴染みのところにとんでったんだけど、その後すぐ……デイダラが………、』
デイダラーーーその名前を口にしたとき、アタシはまたフラッシュバックして固まってしまった。
ー「オイラの気も知らないで……ヘラヘラ笑ってんじゃねぇよ。」ー
………ゴメン…ナサイ……
ー「オイラが教えてやるよ。本当に取り返しのつかないことがどういうことかって。」ー
イヤ……ソンナ…ユルシテ、オネガイ……!!
「……もういいよ。」
『……!!』
サイくんの声に、引き戻される。
恐怖で青ざめていたアタシは、どうやら呼吸も止まっていたようだ。
そうしてアタシが自身の胸に手を当てて、しばらく呼吸を落ち着かせていると……ギシリと、畳が音を立てる。
『さ……サイくん待って、なに、』
「見せて。」
『サイく……』
「大丈夫、痛くしないから……もっとよく見せて。」
そう言ってアタシの顎に優しく手を添えて。
眼前に迫ったサイくんの、その目が……薄くなって閉じられたかと思うと。
ーーーそれは、アタシの下唇を挟むように触れていた。
『!!サイく…』
「駄目。」
『だってこれ、んっ、』
「喋っちゃ駄目。」
そう忠告する彼の唇が、執拗にアタシの口や口周りの傷に触れていく。
その肩を押し返して抵抗しようとした手首も、逆に彼の手に捕まってしまって。
『ちゅ、チューは駄目だって…!大人になってからやんないと……結婚してからじゃないと…!』
「……関係ないよ。キスは男女のスキンシップだって、本に書いてあったから。」
『っ、…じゃあ結婚って、何なの……?何をしたら結婚になるの…!?』
「そうだな……役所に婚姻届を出したら、それは結婚だろうね。」
『………へ……?』
そんなあまりにも形式的な答えが帰ってくるもんだから、当のアタシはこんがらがるばかり。
とぼけたようにそう答えるサイくんは、本気なのかそうじゃないのか。
「別に式なんか挙げなくても、それで事は足りるしね。」
『ち、違うの!そんな義務的なものじゃなくって、もっとこう……気持ちが大事っていうか、その……』
「気持ちねぇ……あとは肉体関係には及んでるだろうね、当然。」
『に……肉体、関係って……?』
「…………教えてほしい?」
そう問いかけると同時に、その瞳の奥でギラリと何かが光った気がした。
咄嗟にアタシがビクリとすると……アタシからの答えを待つより先に。
何かを企むように、サイくんはニコリと微笑んだ。
「教えない。」
『!!んっ…、』
「君が僕のこと、好きになったら教えてあげる。」
そうして再度唇を重ねられてしまい。
何がお気に召したのか、そうやってサイくんはしばらくアタシにキスするのをやめなかった。
楽しみは取っておく派『さ、サイくんっ、はぁ……!ち、チューおしまい、おしまいだよぉ……!』
「うん?だってこのほうが早く治癒できるんじゃないかなって。」
『……ちゅ、チューなだけに?』
「うん、治癒なだけに。」
(さ、サイくんの冗談って、なんか面白くても笑えない……!)
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