デイダラ長編 | ナノ
17/2.














その古びた教室の扉を前に。

アタシは息を切らせながら、勢いよく取手に手をかけた。






『サイくんお待たせ!!今日こそお習字完成させよ……、』






だが目に飛び込んできた光景に、アタシは言いかけていた言葉をグッと飲み込む。






ーーーサイくんが、息を大きく吸った。

それをふぅーっと少しずつ吐き出せば、筆の柄の中間を持ち上げて紙面と向き合う。






……きっと今、サイくんがそれを書き上げようとしている。

アタシはただ無言で、その瞬間が来るのを見守った。






「……ふぅーっ。」

『……!で、出来た…!』






今度は緊張に張っていた息を吐き出したサイくんに、アタシも吹っ切れたように近づいた。






そうして半紙を顔の高さまで持ちあげ、二人で字体を確認する。

止めやはらいも見事な、明朝体だ。






『すごい……!!すごいよすごい!サイくん遂にやったね、おめでとう!!』

「はー疲れた。それに集中力切れたせいか、何だか外野が妙にうるさく感じてきちゃった。」

『!、ぎぃやあああ!!目が、目がぁああ!!』






何とあろうことか、喜ぶアタシの眼球にためらいもなく筆の柄を突き立てるサイくんその人。

ドッタンドッタンと床を転げ回るアタシを慰めるかのように集まったのは、この教室の埃たち。






……ってオイオイ!都合のいい解釈さすな!アタシはモップじゃないんだよキミたち!






「おっといけない。僕としたことが、なおさら野犬を凶暴化させちゃったみたいだ。」

『サイくんさっきから白々しいよ!!目が、あぁあああ!!』

「目の一つや二つで騒がないでよ。それに結局は君が居ない方がこうして集中できたわけだしね、もっと早く気づけば良かった。」

『えー!?そりゃないよサイくん!』

「こんなことなら始めから一人でやるんだった……とは言っても僕一人じゃ、こうして改めて筆を取ろうなんて考えもしなかっただろうし。今更こんなこと始めるの、最初はどうかと思ったけど。」






するとサイくん、埃まみれになったアタシから目を離し、再度自分の書き上げた紙面に視線を落とす。






ーーーフッと柔らかい笑みをこぼした横顔を、このときアタシは見逃さなかった。






「案外気持ちいいね、これ。」

『……!!』






……それはもう、アタシが初めて会った頃のサイくんじゃない。






ー「人の感情を知ろうとするうえでは、一番近道になるんじゃないかなって、思っただけだから。」ー






一つのことをやり遂げるために努力を重ねてきた結果と。

それを達成したことで得られた、人間らしい感情に富んだ新しいサイくんで。






当然アタシはそんな彼の腕にガッシリとしがみつき、瞳をキラキラさせては感動を分かち合った。






『で、でしょでしょ!?お習字やって良かったでしょ!?』

「まぁね。」

『良かったぁ、サイくん今すっごく輝いてるもん!これからもいろんなことにチャレンジしてけば、もっともっと見つかるよサイくんの感情!……あ、』






しかしアタシがこのタイミングで思い出したのは、今日というこの日のこと。






「どうしたの、急に固まって。」

『あ、いや……でもそっか。今日でひとまずはおしまいだもんね。サイくんと過ごす時間も。』

「!」

『だって夏休み入ったらサイくんと会えなくなっちゃうし。あーあ、せっかく仲良くなれたのになぁ。また夏休み明けまでお預けかぁ、サイくんの感情探し。』

「……だったら家、来る?」

『…………え?』






聞き間違い……いやそれともアタシの幻聴?と疑う間にも、発言者であろうサイくんの顔を見れば一目瞭然。

ハッと何かに気づいたように、みるみる視線が逸れていく。






や、やっぱ幻聴じゃないよ!うう嘘みたい!あのサイくんからお誘いなんて……!!






「……やっぱりやめようかな。」

『えー!!やめないで!!アタシ行きたいよサイくん家!』

「けど何にもないよ。ほんとに。」

『いーよ別に!』

「来てもつまらなくてアクビが出ると思う。」

『アタシ自分で面白いこと見つけるから!』

「人ん家のもの荒らさないでよ。」

『荒らすほど物ないんじゃないの?』

「そうだけど。」

『何で渋ってるのサイくん?』

「だって。」






散々問答した後、サイくんはようやくポツリと漏らす。






「家に友達を呼ぶの、はじめてだから。」

『っ!!』






とっ友達、トモダチ、ともだちぃ……!!






アタシの脳内でこだまする、その衝撃的二文字、いや四文字?

もちろんアタシはずっとサイくんのこと友達だと思ってたけど、まさかサイくん本人から友達認定を受けるなんて……nameちゃん感激っ!!口で言ったらまた何か追加攻撃されそうだから言わないけど!!






『だ、大丈夫!!アタシしっかりご挨拶できるよ!!いつも学校でお世話になってます、サイくんのお供やってるnameですっ!!』

「おとも“ダチ”が抜けてるんだけど?誰が旅のお供だよ、恥ずかしいからやめてくれる?そういうの。」

『何で!?アタシちっとも恥ずかしくないよ!?ちゃんとサイくんのご両親と兄弟にも、あとお庭のポチにもご挨拶するワン!』

「ポチなんて居ないからウチ。いいから早く準備しなよ、でないともう片方の眼球も潰しちゃうよ?」

『行く行く!行くよ、置いてかないでワン!』

「だからポチ居ないって。」






呆れて先を行こうとするサイくんに、アタシもそそくさとカバン片手に教室を飛び出す。






ーーーきっと夏休み明けたら、こんな機会ない。






ー「最初はどうかと思ったけど……案外気持ちいいね、これ。」ー






こうして結果を導き出せた今だからこそ、サイくんが心を開きかけてくれている。



アタシはこの千載一遇のチャンスを逃すまいと、サイくんの手をしっかり掴んで引き寄せた。
























ラッキーorアンラッキー

そんな思いがけない行動は、思いがけない結果を招く。


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