9.
ピンポーン、
休日の朝9時過ぎ。
自宅にて、家のチャイムが鳴った。
ただいまオイラはテレビゲームの真っ最中。
「デイダラぁー、ちょっとこっち手が放せないから、代わりに表出てちょうだい〜。」
「……ふーん。」
晩飯の作り置きのため、鍋とにらめっこしているお袋に急かされるが。
オイラは依然、コントローラーを手放そうとはしない。
プルルルル、
「デイダラ、ちょっと電話も!」
「……あぁ、うん。」
度重なる横槍に、さすがにオイラの気が散り始めた頃。
ガチャッ、バタン
ドダダダダダ、
がチャリ
『はいはいもしもし、こちらデイダラ家。』
「……は…?」
そんなあまりにも聞き慣れた声に、オイラがぐるりと首を回せば。
リビングの向こうで、nameの奴が受話器を取っていた。
…………
…………
………って、どっから湧いて出てきたんだお前は!!
「あーわかった、さっきっからチャイム鳴らしてたのお前だろ!勝手に人ん家上がり込むなよ!うん!!そして人ん家の電話を勝手に取んな!!」
『ただいまデイダラのママさんは居留守中なので出られません!え、アタシですか?アタシはデイダラの幼馴染みです!』
「あーもー馬鹿ぁあああ!!」
オイラはもうコントローラーを放り投げ、慌てて受話器を奪い取る。
そうして手短に話を済ませて受話器を置けば。
ぼけーっと……それはそれはアホ面添えた幼馴染みが。
当然のようにオイラの隣に突っ立っていた。
「聞・い・てんのかその顔は!勝手に人ん家の電話取んなっつってんだよ!」
『えぇ?だってデイダラってば、またゲームばっかりやってママさんを困らせてると見た!だから困るデイママの代わりに、アタシが電話に出てあげたまでじゃまいか!』
「今いいとこだったんだよ!ってあ゙ー!!お前のせいでセーブし忘れたじゃねぇか、うん!」
『プッあはは、クリボーなんかに殺られてるっ。』
「笑ってんな!!ちゃっかり家のスリッパ履いてんじゃねーよ!!」
「あらnameちゃん助かったわ。ウチの息子とは大違い。」
「さっき居留守とか言ってたけどな!!」
オイラがいつもの如く説教をかましていれば、お袋がキッチンから顔を出す。
そうしてnameの姿を確認してすぐに引き返し。
さっきまで熱心だった鍋の中身を、迷わず三角コーナーにぶちまけた。
「それよりnameちゃんがウチに来てくれたんなら、もうあたしが料理する意味はないわよねデイダラ?」
「あーほんと、お袋の壊滅的な飯食わないで済むのはオイラもラッキーだ。」
『今日は何焦がしたのデイママ?』
「うふふ、ヒ・ミ・ツ。じゃあnameちゃん、お留守番よろしくね!母さんお仕事行ってきまーす!」
『いってらっしゃ〜い!』
実の息子差し置いて、不法侵入者に留守番頼んでんじゃねーよ。
ほんと、オイラの周りにいる奴は世話が焼けるというか、みんなどこかが抜けている。
『いやーそれにしてもデイダラのママさん、カッコいいな〜!デザイナーのお仕事なんて!デイダラも将来はああなるの?』
「あぁ?別に。まだ進路なんか決めてねぇよ、うん。そういうお前はどうなんだよ、進路。お前馬鹿だから大学は行くだけ無駄だろ、うん。」
『ん?何言ってるんだいデイダラってば。』
するとname、さっきまでオイラが座っていたソファに乗っかると。
トランポリンの如く、その上で激しくバウンドし始めた。
『アタシ、のっ!夢は、ほっら!お嫁さんっだから!』
「…………。」
『あー!見て見てデイダラ!お庭にニャンちゃんがいるよ、しかも二匹!』
そうして次なる標的を見つけては、もうリビングの窓を大解放してそれに駆けていくname。
結局今のバウンドで何がしたかったのかは、幼馴染みのオイラにすら謎である。
(つーか、本格的にnameの将来が心配になってきたぞ、うん……。)
だっていくらなんでも高2にもなって三者面談で、『先生アタシ将来はお嫁さんになります!』じゃマズイ。
確かにnameは動物好きだが、トリマー?飼育員?
う〜ん……獣医は無理だな。絶対。
そうこうオイラが頭を悩ませていれば、何やらさっきから異様な静けさ。
「おいname、お前いつまで猫なんかに構ってんだ……って…、」
『しぃー…!デイダラ大声出しちゃ駄目!今すっごくいいとこなんだから……!』
背後から近づいてきたオイラに向かって、いつになく忠告する幼馴染み。
そうしてしゃがみ込んだまま口元に人差し指を当てては、また正面に向き直り目を見張る。
……だがオイラは既に絶句していた。
『ほらほらデイダラ!すごいよ、猫ちゃんたち交尾してる!』
「…………。」
『すごいね、生命の神秘だね!ああやって赤ちゃんが出来るんだよ!』
そうして電柱みたいに突っ立っているだけの、オイラのズボンを引っ張るnameは。
小声ながらもやや興奮ぎみに、その光景を見ては瞳を輝かせる。
そんなオイラたちにはお構い無しで、奴等は時折猫特有の喘ぎ声をもらし、いやらしく喉を鳴らしていた。
(な、何だよこの状況……何で好きな奴と性交現場観賞しなきゃなんねぇんだよ!気まずい以前にシャレになんねぇだろ、うん!!そもそもどんだけオープンなんだこの猫どもは、人ん家の庭で盛りやがって……!!)
『ほらほらデイダラ、ちゃんと見てる?すごいよ!ちゃんと繋がって、』
「繋がってるとか生々しいこと言うな馬鹿!!ほらもういいだろ、部屋戻るぞ!うん!!」
『えー、そんな勿体無いよ!こんな機会滅多に無いんだから、もうちょっとだけいいでしょ?今後の参考にもなるし、』
「どんな参考だ!!ほら行くぞ、うん!!」
『ぐぇっぷ!い〜や〜だぁ〜!放して〜!もっとよく見せて〜!』
そうして足をジタバタさせるnameを引きずり、やっとこさ部屋に連れ帰ればベランダの窓を思い切り閉める。
たったそれだけのことだというのに、オイラは息切れし、肩も激しく上下していた。
(な、何かオイラ一人焦ってるみたいでダセェ……!)
パッと掴んでいたnameの襟首を離せば、一呼吸も二呼吸も置くオイラ。
そうして何とか平静を装おうと、いざ背後のnameを振り返れば。
―――ぱちり、
その大きな目が、オイラに向いて片時も離れていなかった。
「……!な、何だよお前…、」
『ねぇデイダラ。やっぱり絶対結婚しようね。』
そうして何てことのない、代わり映えもしないセリフが飛び出すが。
さっきまでの交尾の様子が頭をちらつき、オイラはどうしようもなく気が動転する。
「っば、馬鹿お前……こここの状況で何言って、」
『デイダラは他の人で良くても。アタシはデイダラじゃなきゃ駄目なんだから。』
一方幼馴染みは、今その胸に何を思ったのか。
一直線にオイラを捉えていた、そのまんまるい目がニコリと細まり。
―――それは子供の……いつものnameの、笑顔になる。
『その辺、ちゃんとわかってよね!』
「…………。」
……自分の家で二人きり、そんなおいしいシチュエーションでも。
お互い好き合っているはずなのに、甘い展開なんて一向に皆無だ。
―『……デイダラありがとう。守ってくれたんだね、アタシのこと。』―
―「っ!」―
―『頼もしいなぁデイダラってば。』―
―――オイラたちの距離は埋まらない。けど焦る必要もない。
何だかんだでnameは、しっかりオイラに執着している。
「……まだこのままでいいか、オイラたちは。」
『…?うん、だからずっと一緒に居てね?デイダラ。』
「お前はオイラが居ねぇとろくなことしねぇしな、うん。」
『うはは、わかってらっしゃるぅ〜!』
そうしてふざけたようにオイラに絡む、この距離が心地よくて。
まだ高校生という余裕もある時期故に、オイラはさほど気にしていなかった。
それは、まだ当分先の話だとオイラはこのとき、自分がnameに好かれてる自信があったから。すっかり安心してたんだ。
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