8.
突然だが、アタシには女友達がいない。
学校での話し相手ならサソリで間に合っていたし、そもそもアタシに自立性がありすぎるせいか。
だから男子と別れての体育の授業などは、目の前の華やかさにため息すら出てしまう。
「え〜、美香ってばほんと運動音痴ぃ〜!」
「だってこの子、バドのネットの高さよりも下だもん!子どもみたい!」
「いいもん!私はこの身長が売りなの!」
「このちょろすけめ〜!」
……あぁもう、可愛いなぁ。
雛鳥がさえずるようにキャピキャピとはしゃぐ女の子たち。
自分にはないあの女の子特有の愛嬌に、憧れのような感情を抱いていると。
「nameちゃん、一緒にペア組もう?」
不意に声をかけられ振り向けば、隣のクラスの……誰だっけ。
「るいっていうの。覚えてね?」
『……え、あれ、アタシ声に出てた?』
「ううん、でもそんな顔してたよnameちゃんっ。ふふ!」
「案外わかりやすいんだね〜、」なんてカラカラ笑うその子。
……きっとこの子も、さっきの女の子たちと同じ属性の子。
そう直感して、自分との落差に負い目すら感じる。
「それよりバドの打ち合いっこしよ?相手まだでしょ?」
『……え、うん。アタシいつも余りだから。』
「お友達いないの?」
『普段は男子とばかりつるんでるからさ。』
「あのサソリくんと?」
突然会話に乱入してきた幼馴染みの名前。
アタシはまさかの不意討ちにより、見事につむじにシャトルが当たる。
「うわぁ〜、nameちゃんベタだぁ!頭にコツンだって!ごめんね痛かった?あはは、」
笑いながら謝ってるよこの子……。
でもその子の言動は、単に思ったことをありのまま素直に口にしているだけ。
それがアタシには、ちっとも嫌味に聞こえなかったりする。
『……って、それより何で急にサソリが出てくるの?』
「ん〜?だってnameちゃんとサソリくんってワンセットでしょ?ハンバーガー頼んだらポテトが必ずついてくるぐらい。」
……変な例えを持ちかけられるが、まぁあながち間違ってはいないかもしれない。
アタシとサソリは登下校も昼食も、基本いつも一緒にいることが多い。
「そんなnameちゃんに質問なんだけどさ、」
再び再開したシャトルの打ち合い。
宙に弧を描くそれを目で追いながら、その子は世間話でもするように切り出した。
「サソリくんのタイプってどんな子?」
特に感情も抑揚もない声だったけど、アタシはその問いにすぐ直感した。
……あぁ、この子もサソリが好きなんだと。
『うーん……巨乳が好きかも。』
「他には?」
『モデルさんみたいなグラマーな体型?が好みだった気がする。』
「あははっ、何だちっとも当てはまってないや!」
『告白するの?あいつに。』
「う〜ん……どうしよっかなぁって。」
その子が一度黙ってしまえば、こちらから話しかけることなどもなく。
そうしてしばらくは、お互いが黙々とシャトルを打ち続けていた。
「でも、何となくわかった気がする。」
『……?何が?』
ぽんっぽんっとシャトルが軽快な音に変わる頃。
これまた唐突に話を持ちかけられ、何を思案したのかアタシがそう聞き返せば。
「サソリくんが、nameちゃんと一緒にいる理由。」
『……へ………?』
アタシは思わず変な声をあげる。
するとその子は、その手でシャトルをキャッチすると、ネット越しにアタシを直線上にとらえた。
「私にないものたくさん持ってるからさ。サソリくんもきっと、そんなnameちゃんだからこそ気を許せるんだよ。」
……意外だった。今日はじめて会話した赤の他人に、そんなふうに思われていたなんて。
アタシからしたら、女の子らしさを持つその子のほうがよっほど羨ましいのに。
―――と、そこで授業終了のチャイムが鳴った。
「まぁとりあえず彼に当たってみるよ。じゃ、またねnameちゃん!」
後片付けも終われば、その子は満面の笑みをアタシに向けて、元のクラスに帰っていった。
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「変な女に告白された。」
あれから数日後、何故かアタシにそう報告するサソリ。
もちろん、アタシはその内容に身に覚えがあった。
『良かったじゃない。愛想のないアタシなんかより、さぞ可愛い子だったでしょうね。それで、ちゃんといい返事してあげたの?』
「おい、シラを切るんじゃねぇ。テメー何かあの女に吹き込んだだろ。」
『別にぃ?それよりあの子、何て告白してきたの?やっぱりそこはストレートに、』
「“nameちゃんのタイプってどんな人ですか”だと。」
『…………え?』
アタシは目を丸くして振り返るが、サソリはいたって平然とした様子。
告白っていうくらいだから、てっきり「好きです」とか「付き合ってください」とか、そんなセリフが飛び出すかと思ってたのに。
告白って……そっちの告白じゃないの?
「その後も根掘り葉掘り聞かれたな、テメーのことばっかりよ。趣味・特技に始まり、好きな食べ物、テレビ、花、動物。誕生日に血液型、身長、体重……安心しろ、そいつには全部デタラメ吹き込んでやったからよ。まぁ、さすがに60キロには驚いてたな。」
『体重!?体重60キロ!?ふざけないでよ、何でそんなしょうもない嘘つくの!?』
「テメーのプライバシーは守ってやったんだ。ありがたく思えよ。」
『逆にアタシのプライドがズタズタなんですけど!!』
ていうかあの子もあの子だ。何だってサソリ相手にそんなこと聞くんだろう。
あのとき、アタシとバドの打ち合いをしたときに、そんなこといくらでも聞くチャンスはあったのに。
―――アタシにはサソリのこと聞いといて、奴にはアタシのこと聞き出して。
何がしたいんだ、あの子は。
「おい、どこ行く。」
『決まってるでしょ、隣のクラスよ!あんたが要らぬホラ吹いたせいで、変な疑い持たれちゃ敵わないわよ!それに、何でこんなワケわかんないことしたのか、あの子には問い正さなきゃなんないし、』
「何言ってんだよ。」
だが慌てるアタシを遮るように、サソリはケロッと一言。
「あの女、もう転校しただろ。」
…………え………
「何だよ、聞いてなかったのか?」
『いや……え、ほんとに?あんたには転校するって、そう言ったの?』
「あぁ。ついでにこれ。」
そう言って手渡されたのは、四つ織りにされた小さな紙切れ。
「その女から預かってた。お前にだとよ。安心しろ、中は見てない。」
『……アタシに…?』
ますます訳がわからないが、とりあえずその紙切れを開いてみることに。
…………あ………、
“いつもうちの店で買い物してくれてありがとう。またお話しようね、ばいばい。”
そこでアタシはピンときた。
近所にあった行きつけの精肉屋さん。そこがついこの前閉店してしまったのだ。
あそこのお父さんには良くしてもらっていたが……彼女はきっとそこの娘さん。
彼女がいつどこでアタシを見留めたかはわからないけど、何かしらお父さんからアタシのことを聞いていたのかもしれない。
だが事実上、クラスも違ううえ男連中の輪の中にいるアタシに絡むには、それなりに勇気のいることで。
―「サソリくんのタイプってどんな子?」―
思えば彼女のサソリに対する感情も、わりかし淡白なものだった。
じゃあサソリの話題は単なる興味本意の通過点で。
(彼女が本当に未練があったのは、アタシ……?)
さっきまではてっきり、転校前だから好きな人に告白したんだと思ってた。でも違った。
彼女はアタシと…………
―――友達に、なりたかったんだ。
つかの間のベスト、フレンド『……?“P.S.サソリくんって本当は巨乳好きじゃないんだね、だってnameちゃん巨乳じゃないもん!”……何これ。』
「あの女、知った風な口ききやがって……。」
『で、それよりあんたは何さっきから人の二の腕触ってんのよ、気持ち悪い。』
「知ってたか?二の腕ってのはテメーの胸の感触と同じらしい。」
『誰かこの変態を警察に突き出してー!!』
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