7.
ハラリ、
『…………あ、』
嫌な予感はした。だって下駄箱ちょっと開いてたし。
途端に隣に並ぶ幼馴染みの顔が、まがまがしいほどの般若になる。
……言い過ぎだって?だって事実そうなんだもの。
「……おい貸せ、どこの馬の骨だ。」
『ちょっと落ち着いてサソリ、またいつもみたいに断るから。』
アタシがそれを取られまいとするが、サソリはその範囲網をくぐり抜けようとしきりに手を動かしてくる。
……ちなみにお気づきかと思うが。
先ほどから話題の中心となっているものは、いわゆる“ラブレター”のことである。
今時やり口が古い、なんてことはまぁ置いといて。
―『あんたはアタシの恋にはならないって……誓って………!』―
―――サソリにはあの日あったこと、伝えてないけど多分感づいてる。
だからサソリはアタシの恋愛にはとことんうるさい。
「第一テメーがふらふらしてっから、そんな下らねぇ輩に引っかかるんだ。」
『してないから。ましてやあんたがいる中どうやってふらつけって言うの?よろけた瞬間に足踏んずけてくるようなあんたに。』
「とにかく今日は張り込みだな。デイダラ呼ぶぞ。」
『そうやって他人を巻き込まないの!!』
アタシが強い口調で押しきるのも、別に今に始まったことではないから。
……中学時代は、それこそ愛の告白なんて他人事だと思ってたのに。
しかしここ最近―――サソリがアタシとは“恋仲でない発言”をするようになってから、それが格段に増えた気がする。
それを何の気なしにコロリと告げればどうしたことか、いつになくあっさり手を引くサソリ。
これはチャンスと思い、すかさず忠告するようにそれをサソリに突きつけた。
『大丈夫、これはアタシの問題なの。サソリにどうこうされなくても、アタシ一人で対処できるよ。』
そう言い切れば、アタシはカバンに素早くそれをしまい込む。
そうしてサソリの気が変わらないうちに、足早に一人教室へと向かったのだった。
「……2年前までは泣きすがるほど傷ついてた奴が、よく言うぜ………。」
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そうして迎えた放課後。
アタシが指定された教室に行けば、いかにもクサいセリフを吐きそうな優男が。
……手紙の内容によれば、彼はアタシよりひとつ上、現在高3の先輩らしい。
「やぁ、待ってたよ。」
『そりゃどうも。単刀直入に言います、アタシは無理です。じゃ、』
極力視界に映すこともせず、簡潔に事を済ませようと体をひるがえしたアタシだが。
―――がしっ、
驚いたことに、目の前にはもう彼の胸板があった。
瞬く間にアタシの腕は彼に拘束されてしまう。
(……あ。そういえばこの人、確かいつも校庭で見かける陸上部の先輩だ。)
どおりで素早いわけだが、今さら思い出す自分の頭を呪いたい。
「何々?自分が言うだけ言ってずらかろうっての?君面白いね。」
しかもえらく気に入られてしまった……どうやらこの人は、こちらが突き放せば余計構ってくるタイプだったらしい。
「しかも聞いたよ?君とよく一緒にいるあの幼馴染み、自分とnameちゃんは恋人じゃないって言いふらしてるんだって?」
『……まぁ、そうだけど?ていうかそれが何?』
「ならいいじゃない、付き合っちゃっても。」
アタシの目の前で演説家のような彼は、いかにも流暢で自信ありげだ。
……どうやら他に男がいないなら付き合ってしまえと、そういうことらしい。
『別にサソリは関係ないから。とにかくアタシはもう恋愛とか付き合うとか、そういうのどうでもいいの。だから早く解放して、』
「それは駄目だよ。だってオレが気に入ったんだもの。結構当たるんだよね、オレの勘。」
『それじゃあ多分あなたの勘、相当イカレてるみたいね。いいお医者さんなら紹介してあげなくもないけど。』
「ははっ……ほんとに君って面白いな。でもいくらそうやって突っぱねて誤魔化そうったってね、わかるよ。だって君はいい女だ。」
まさかの直球発言にほだされたわけではない。
ただそういう口説き文句を言われ慣れていなくて、体が即座に反応できなかった。
―――彼はすかさずアタシとの距離を詰め、おもむろに腰に手を回してきたのだ。
『っ!!な、ちょ……!』
「ねぇ、やっぱりオレと付き合おうよ。絶対満足させてあげるから。」
何てこったのテラコッタ。
いつもなら頑として断れば身を引くような相手ばかりだったのに。
(なるほど。これがいわゆる肉食系男子ってやつか……。)
だがそんなことを冷静に考えてしまうほど、アタシがパニックになっている証拠。
せわしなく駆け巡るのは思考ばかりで、肝心の体はちっとも言うことを聞きやしない。
『……やっ…めてってば…ちょっとぉ…!』
「ん―?何、もしかしてコッチの経験はないクチ?そんなの大丈夫、すぐ良くしてあげるから……ね。」
いや“ね”じゃなくて!アタシはやめてって言ってるのにこの男は……!
だがそうしている間にも彼の指が、慣れた様子で腹部をさすってくる。
そうして頃合いになったのか、彼の体がアタシの足の間に差し入れられ―――…
「よぉ先輩様。お楽しみ中申し訳ありませんが……、」
すると耳に慣れた、幼馴染みの声……だが途端に映るは狂気の顔。
―――ガシャアアアン!!
放り投げられたイスが、何度も床を跳ねる。
「オレは今最高に虫の居所が悪い……人一人殺しちまえるほどに……な…?」
―――ニヤリ。そう口角を上げるのは、はたしてアタシの知る幼馴染みか悪魔か。
その足元には、無惨にも床に突っ伏している先ほどの彼……頭部から、鮮やかな鮮血。
途端にアタシの頭は真っ白になる。
『サ…ソリ……ちょっと、殺したって、』
「慌てんな、気絶してるだけだ。おいデイダラ、飛段。この馬鹿を保健室にでも運んどけ。」
「ゲハハハハァ!!馬鹿だよなぁコイツ、よりにもよってnameちゃんに目ぇつけるなんてよぉ!!」
「うるせぇよ飛段!人が来ちまうだろ!で、旦那……何て言い訳すんだよ、うん。」
「階段からずっこけて頭打ったとでも伝えとけ。行くぞ。」
『わっ、ちょ、待っ』
そうして言うだけ言うと、サソリは痛いくらいにアタシの手を引いていく。向かう先は屋上。
その重い扉が閉まれば、外にいるというのに二人だけという孤立感が辺りを包む。
―――すると一呼吸置いたサソリが、ようやくその口を開いた。
「……ったく、何が一人でも大丈夫だ。ちっとも行動に移せてねぇじゃねぇか、この間抜け。」
……少々棘はあるが、どうやら先ほどのような憤りはもうないらしい。
少なからずその事実に安堵すれば、アタシも幾分か話しやすくなる。
『だってあんなにベタベタしてくる人だとは思わなかったもの。』
「だからお前は甘いんだ。これを教訓に、次からは幼馴染みの忠告には従順に従うこったな。」
『あーもー……はいはい!今回は全面的にアタシが悪ぅございました!』
完全に投げやりに言えば、「当然だろ」とでも言いたそうな目で訴えてくるサソリ。
……こんなとき、普段はアタシが正論を叩き出す方だが、今回は事例が事例なだけにアタシに反論する権利はない。
その辺はちゃんとわきまえてるつもりだ。
「にしても分かってねぇな。あいつも、お前も。」
『……?何が?』
不意に風上を向く横顔に問えば、そこでふぅと息つくサソリ。
―――煙草でも吸ってたら、さまになるだろうな。
そんなことをぼんやり考えていれば、その端正な横顔が正面を向く。
「オレとお前が恋人にならないってことは、
誰もnameの恋人にはなれないってことだ。」
……その自信に満ち溢れた発言に反して。
どこか遠くを見るようなサソリが、しばらくアタシの頭を離れなかった。
城塞の向こう側(それこそ、天変地異でも起こさねぇ限りは……な。)
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