(5)/2.
「…………は?」
『だから、写真!撮ろうって、ね。』
いつになく甘えたような声を出すname。
……あぁ、こりゃ完全に夢だな。
「……夢なら今ここで襲っても差しつかえねぇか。」
『……あんた何言ってんの?ていうか夢じゃないし。』
だがいよいよオレは疑った。
何せnameは写真が苦手だ。何たって笑わねぇから。
特にカメラを前にしてしまうと、必要以上に構えてしまい、良くて引きつり笑いに終わるんだと。
しかしオレとの写真を撮って過去の思い出に浸るname、か……あり得ねぇが、正直勃ったわ。
『はいトッピング終わり。ほらどいて。』
そう言って出来上がったケーキを居間に持っていき、そそくさとカーテンを閉めるname。
部屋の電気が消えてしまえば、ほどよい暗さが辺りを支配した。
『ろうそく何本がいい?さすがに歳の数さしたら、せっかくのケーキが穴だらけになっちゃうし。』
「んじゃ二本。」
『それは少なすぎ……無難に5本ね。』
「じゃ聞くなよ。」
そうして色とりどりのろうそくをさし、それら一つ一つにチャッカマンで火をともす。
すると手持ちのカバンから、見慣れないデジカメを取りだした。
『写真なんて滅多に撮らないからさ、フラッシュとかの設定ってどうやって……、』
「馬鹿貸せ。使えもしねぇくせに上等なもん持ってくんな。」
オレが奪い取って小さな画面を操作すれば、物珍しそうにそれを覗き見るname。
再び香る女の匂いとともに、オレの顔のすぐ横で『へぇ』とか『あ、そこそこ』とか、要らぬコメントを添えてくる。
そうしてカメラがスタンバイを始める。
オレは奴が離れる前に、すかさず空いた片手でnameの腰を引き寄せた。
……nameにどんな意図があるにせよ、チャンスは逃さない主義なんでな。
「おら撮るぞ、あっち向け。」
『うん、いいよ。かけ声はあんたが言ってね。』
「んじゃ3、2、1、」
『サソリ。』
何の色気もないカウントダウンをするオレがシャッターを押す寸前……nameの吐息が、すぐ耳元をくすぐった。
オレが思わずそちらを向けば―――鼻先数センチの、nameの顔。
『――――…、』
「!!」
カシャリ、
だがそこで無情にもシャッター音が鳴る。
途端にnameが離れれば、呆けるオレの手からデジカメを奪い取った。
『ん、撮れてる撮れてる。あんた自撮りうまいのね。さ、早くろうそく消しちゃお。』
「……おい、今お前何した。」
『何って……ちょっと、あんなに近くで言ったのに聞こえなかったの?もうあの一回きりしか言わないわよ。』
「何で写真撮る間際にあんなこと言った?」
『なんだ、聞こえてたんじゃない。』
「いいから言え。」
『えー、だってねぇ。』
デジカメをいじる手を止めると、nameは。
ケーキづくりだの、写真撮ろうだのといった奇行の理由を暴露した。
『声なら写真に残らないでしょ?』
「…………。」
『この写真は形として残るけど、今の言葉を知ってるのはあんたしかいないの。それって最高のプレゼントじゃない?』
……こういうときのnameは、本当に、すんなり笑う。
一人得意げにそう言えば、オレの正面で微笑をさらけ出すname。
背伸びすることも、繕うこともしないその顔は。
“写真を撮るため”という口実で安売りされたそこら辺の笑顔より、よっぽど価値あるものに見えた。
『ほら!早く消しちゃってよ。ろうが溶けちゃうでしょ。』
「…………。」
そうnameの奴に催促されるが、正直オレの思考はそれどころじゃない。
急かされるままようやくオレが炎を吹き消せば、つかの間の暗闇が訪れる。
それすらも艶がかったものにしか映らなくて……さっきまでの情景が、写真を撮る間際のセリフが、やたらと脳内を刺激する。
―――ろうそくの光で揺れる瞳が潤んで見えたとか。
―――唇の動きがなまめかしかったとか。
―――オレの口に触れた吐息がエロかったとか。
それら全ては、今日この日のため。nameによってセッティングされなければ起こり得なかった事象なわけで。
―――『ハッピーバースデー。今日はずっと一緒にいてあげる。』
―――その時間差によって、ようやく赤面するオレは。
この日確かに、自分が生まれたことを実感した。
幸福を掴んだ日『ほら見て、わりといい感じに撮れてるでしょ?……ってなに顔赤くしてんのよ。そんなに感動した?』
「……とりあえずテメーが馬鹿で得した。」
『はぁ!?』
(気づいてねぇのかこいつ……この写真どう見てもキスをねだってるように見えんだろ……。)
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