36.
『……あのサソリが、入院………?』
「あぁ。」
『……インフルエンザかかったときだって、平熱のふりして学校来てたあのサソリが?』
「あったなそんなの、オイラ真っ先に旦那に移されてよ。“オレが苦しい思いしてるときに、他の奴らがピンピンしてるなんざ癪だろ”って……name、お前いくら動揺してるからって不謹慎だろ、うん……。」
デイダラにそう言われるも、実際サソリは相当タフだ。
それは自分の体調不良よりも、自分の不幸を人に移して楽しむほうを優先させるほど。
……うん、こうして改めて思い起こすと“最低”の二文字に尽きる。
『だってあのサソリに限って入院なんて、』
「さっきも言っただろ?過剰なストレスが原因だって。」
『……もしかしなくても、アタシがサソリを突っぱねたせい?』
「よく分かってるじゃねぇか、うん。」
さも当然のように返されてしまい、アタシも少々面食らう。
でもサソリが学校に来なくなったのは、単に顔を合わせるのが気まずくなったからだと思っていたのに。
―『…嫌よサソリ……いや、いや、イヤ………』―
―『サソリなんかっ……大っ嫌い!!!』―
プライドの高い、メンタルも強いあのサソリが、アタシの幼稚な言動でそこまで気が滅入るとは考えにくかった。
『でも、そんなに酷くはないんでしょ?軽い栄養失調だって言うなら、後3日もすれば元気に、』
「まぁ、それ“だけ”ならな。」
なかなか会話の中核を濁しているデイダラ。
すると少し視線をそらして、でも何を瞳に映すでもなく語り始める。
「はじめこそ点滴打ってるだけだったけど、そしたら今度は脈がおかしいってんで入院しっぱなし……あぁそう、オイラもはじめて知ったけど旦那、ペースメーカー入れてるっぽい。」
『!!』
「胸のあたり、つうか心臓だな、うん。そいつが今ちょっとおかしいんだってよ。そんで昨日、手術もしたらしい。」
“手術”……、
その単語を聞いて、アタシはようやく事の重大さが呑み込めてきた。
『お見舞い、行かなきゃ……』
「……!」
いつからだろう、サソリがペースメーカー入れてるなんて。
スポーツだって何だってこなしてたその身体が、常人のような健康体ではなかったなんてことも信じられない。
でもそんなちっぽけな疑問がどうでもよくなるほど、アタシはサソリが。
―『後悔なんかしないよ。サソリはアタシの幼馴染みだもの。きっとうまくやっていけるよ。』―
―――そう……久々に感じる“幼馴染み”という関係が疼いてきたのだ。
『……っどうしよう、行かなきゃ…!』
「…………。」
『でも今の関係でどうやって……!?』
アタシは自分でも知らず知らずのうちに、独り言のように呟いていた。
目の前にいるデイダラのことさえ、一瞬頭から抜けるほどに。
「……二階の旦那の部屋。机の引き出し、数学のノート。」
『………え……?』
すると何かの呪文のように、そう唱えるデイダラ。
アタシはようやく我に返ったが、もちろんそれらの唐突な言葉の意味を解するまでには至らず立ち尽くす。
「とってこいよ。お前が。」
『……え…いや、なんで…それどころじゃ、』
チャリィン、
戸惑うアタシに、デイダラはズボンのポケットから鍵を取り出して見せる。
「旦那ん家の鍵。術後目が覚めたら一番に見たいっつって頼まれたんで、預かってた。」
『……頼まれたって…数学のノートを……?』
「お互いに会う口実が出来るんだし、丁度良いだろ、うん。オイラよりnameのほうが適任だしな。だからとってこいって。そんで直接旦那に渡してやれ、うん。」
『……いや…だからって何でそんなもの、』
「そんなに言うんなら自分でノートめくって確かめればいい。そうすりゃ多分全部わかる。旦那がどんだけnameを好きかってことも………」
―――するとそこまで言って、デイダラはその口をゆっくりと閉ざした。
「……オイラが、どんだけnameを……、…」
再び呟かれた言葉も途切れてしまい、その不思議な挙動にアタシが眉を寄せると。
―――アタシを正面から捉えたまま、何かを訴えるようなその視線。
どうやらアタシからの反応を待つような、そんなニュアンスにも取れた。
だが一向に反応を見せないアタシに何を感じたのか、デイダラはその顔半分に手を添えて項垂れる。
「…さらりと聞き流すなよ、お前……っ、」
……聞き流す…?
アタシが?何を……?
いつもの彼らしくもなく、どこかイラついているというか……アタシに対して、怒っているようにも見えた。
『……何…?何なのデイダラ?』
「…………。」
『はっきり言ってくれなきゃわかんないよ。で、結局何が言いたいの?さっきのセリフだって、続きがあるんじゃないの?』
「…………。」
『そんなにイライラするくらいなら、デイダラの思ってること言いたいこと、アタシに全部ぶちまけて…ね……?』
サソリのことはもちろん心配だが、デイダラだってアタシの数少ない友人。
信頼たる男友達に向ける視線で、アタシが彼を真っ直ぐ捉えれば。
「…っ………」
一度は躊躇いがちに口を開くも、その口は下唇を噛みしめるようにして視線を外した。
依然何かを隠すような素振りを見かねて、アタシがツカツカと歩み寄りその肩に手を伸ばすが。
―――パシンッ
それを拒むように、途端に弾かれてしまうアタシの手。
だがその手の痺れで感じたのは、けして手加減された力によるものではなかったということ。
「…………今、言ったぞ。」
『…………え?』
……言った…?言ったって、何を……?
そう返したアタシを見て、突然デイダラは吹っ切れたように顔を上げた。
ガシッ!!
『!!』
急にその手は、乱暴にアタシの顔を両側から挟み込む。
―――デイダラの顔が、いままでにないくらい急接近した。
「“好きだ”って言ったぞ!!気づけよバカヤロウ!!!」
『っ!!?』
―――額も、鼻も、触れ合ってる。
はじめて見るそのつり上がった蒼い瞳に、その迫力に、アタシの体は硬直した。
―「そうすりゃ多分全部わかる。旦那がどんだけnameを“好き”かってことも、」―
「好きなんだよ旦那はっ!!中学ん頃からずっと、nameのことにばっか必死になって……!!なのにお前はいつまで経ってもうだうだうだうだ……っ!!少しは分かれよ!!幼馴染みだろ!!?」
『…っ!?』
「早く行けよ!!旦那のところによ!!!そんで早くくっついちまえ!!!!」
最後はアタシの頭を殴るように振り払ったデイダラ。
反動で金属製の鍵がアスファルトに投げつけられ、チャリィンと澄んだ音を残す。
そうしてアタシがよろめき視線を上げた先にはもう、デイダラの姿はなかった。
独り言、二人言(何でオイラの口からこんなこと言わなきゃなんねぇんだよっ……!)
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