1.
「オレはあんたを好きになりたくはない。」
―――ガンと、そのとき鈍器で殴られた感じさえした。
桜が咲き、終わりと始まりが交差するその季節。
中学生最後という、節目ある“その日”“その時”“その場所”で。
……アタシの恋は、あまりにもあっけなく幕を閉じた。
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「name〜!サソリくん来てるわよ〜!」
―――母親の声に急かされ、迎えた朝。
『は〜い、すぐ行く〜。』
アタシは今年で17才の、華の女子高生である。
そんなアタシが、足早に階段をかけ降りていった玄関先には。
……既に赤い髪の男が、待ち構えるように仁王立ちしていた。
『……おはよう、サソリ。』
「遅ぇんだよノロマ。」
『この前アタシが早かった時は“早ぇんだよこのせっかち女”って言ってたくせに。』
「オレは待つのも待たせるのも嫌いなんだよ。」
“待つのも待たせるのも嫌い”―――これはサソリの決まり文句で、いわゆる鉄則だ。
奴はこれに容赦無い。
『だいたいさぁ、あんた秒間隔で早いだの遅いだの言うのやめない?』
「オレの貴重な朝のひとときを妨害しといてよく言えるな、そんなセリフ。」
『ちっさい男。中身も身長も。』
「安心しろ。息子の方はデカい。」
『下ネタやめて。』
おまけに下品だ。どんなおまけだ。
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そうして他愛の無い話をしていれば、既に人で賑わう教室前。
ガラリと扉を開ければ、見慣れた顔ぶれが目に飛び込む。
「よ、旦那にname。今日もお揃いで何よりだな、うん。」
『おはようデイダラ。』
「ゲハハハァ!オレたちお前らのこと校門からずっと見てたぜ!なぁデイダラちゃんよぉ!」
『あらそう?それは知らなかった。』
アタシがさらりと受け流せば、ここぞとばかりに食いついてくる飛段。
横ではデイダラが既に“ソレ”をさとっているが、まったくもってお構い無しだ。
「ばッ!バカ飛段、」
「にしてもお前ら、そんなにベタベタしてんならとっとと付き合っちまえっての!ガキの頃からの馴染みか何だか知らねぇけどよぉ、いい加減くっついちまった方が見てるこっちも清々しいっつうか、」
しかしその先の言葉は続かない。
理由は簡単。
何故ならサソリが、流暢に喋る相手の股間を蹴り上げたから。
「ぐぁー!!っかぁ効いたぜサソリちゃんよぉ!!このオレのハイパーウェポンが使えなくなったらどうしてくれんだよ!!あぁん!?」
『なに慣れない英語で下ネタ発言してんの?』
「テメーの頭に学習能力はねぇのか。この先二度と、オレたちが恋人だの何だの暗示するような下らねぇ発言はするな。」
股間を押さえて悶える飛段を見下せば、ドスの効いた声で言い放つサソリ。
まぁあくまで飛段はクラスメイトで、アタシたちの友人だからまだこの程度で済んだものの。
これが赤の他人だったときのサソリの対応は、更に残酷性極まりないものがある。
―――“お互いが恋人同士にはならない。”
これはもはやアタシたち二人の、暗黙の了解なのだ。
「にしたって理不尽だろぉ理不尽!んな一方的に学習しろとか言われたってオレわかんねぇし、」
「そうか、じゃあ簡潔に言う。次同じこと言ったらテメーのハイパーウェポン機能停止にしてやる。」
「即効でわかったマジ勘弁して!」
如何なる理由があろうとも……アタシたち二人のことをそのような目で見てくる相手に、サソリの奴は容赦無い。
今でこそお互い距離が近すぎて、普段から言い争いも絶えなかったりするけれど。
「オレはあいつの恋にはならねぇ……それだけだ。」
―――そう、こればっかりは。
昔から変わらない、サソリがアタシを守ってくれる唯一の動機だった。
恋、不成立の方程式アタシは、それだけで自分がひどく幸せに思えたんだ。
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