11/1.
「なくしただぁ?」
その怒りとも呆れともとれない、何とも曖昧な顔をする幼馴染み。
『うん……落としたみたいなんだよね、うちの母さんから貰ったイヤリング。』
「はぁ……よりによって何でんな大事なもん持ち出すんだよテメーは。」
『だってちょうどその日母さんの誕生日で……外出するならせっかくだし、つけてこっかなって。』
「……まぁもう過ぎちまったもんは仕方ねぇ。放課後探しに行くぞ。」
ため息をつきながらもそう提案してくれる幼馴染みの優しさ。
そりゃあ大いにありがたいのだが、この日ばかりは奴に甘えてもいられない。
『駄目だよ、サソリ来週期限なんでしょ?美術部の作品づくり。アタシ一人で探してくるから、くれぐれもこのことはうちの母さんには内密に……』
「馬鹿なこと言ってる暇があんなら、とっとと行くぞ。」
そうして手早く荷物をまとめると、奴はこれまた強引にアタシの手を引きにかかる。
……でもアタシは知ってる。サソリにとって美術の作品づくりがどれほど大切か。
サソリは確かに何でもできる。勉強もスポーツも。
だけど奴の美術の才能だけは別格なのだ。
―「また壇上あがってるぜ?2年の赤髪の奴。」―
―「きゃーサソリくん素敵ー!!」―
―「将来は我が校からも歴史に名を残す偉人が誕生するかもな!先生も鼻が高いぞ、ははっ!」―
サソリと知り合ってから奴が賞状を何度となく手にするのを、アタシは観衆の一人としてずっと見てきた。
だから、サソリには賞をとってもらいたい已然に、何がなんでも本人が満足のいくものをつくってほしい。
……時間が足りなくて、いいものができなかった―――なんてことにだけは、してほしくない。
『や、ほんといいってサソリ!アタシのせいで、サソリの作品ダメにするわけには、』
「一丁前に太ぇこと抜かしてんな。オレがたかが一日削ったくらいでそっちに支障でるかよ。しかもまだ期限が一週間も残ってる。」
『……っでも、』
「迷惑かけてると思ってんなら、とっととその落としもん見つけて、ママさんを安心させてやれ。」
とくんっ……、
その不思議な呼び掛けに、アタシの心臓が心地よく脈打った。
てっきり、「ならオレが一刻も早く作品づくりに取り組めるように血眼で探すんだな、」とでも言われるのかと思ったのに。
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『多分……このあたりだと思う…。』
心当たりのある場所を告げてたどり着いたのは、人の賑わう橋の上。
『この橋の上のベンチで少し休んでたんだよね。そのとき母さんが急に立ち上がって急かすから、アタシもつい慌てちゃって……。』
アタシがベンチの下あたりを探すが、そう簡単に出てくるはずもない。
そもそもそんな小さなものを、こんな広い世界で探そうとすること自体無謀すぎる。
『……ごめん、やっぱりいいや。母さんにはアタシからちゃんと謝っとくし…。』
「おい、アレ。」
アタシが半ば諦めかけたとき、幼馴染みがある箇所を指差す。
それにつられて振り向けば、小さな反射でキラリ。
橋の欄干のすぐ下に見えたそれ。
『あっ!そうあれ!あれだよサソリ、やったぁ!よく見つけたね、ありがとう!』
「喜ぶのはその手の内に入ったときだけにするんだな。」
見つけられて大はしゃぎなアタシに比べて、見つけてくれた本人はニヤリとも笑っていなかった。
ここでいつもなら饒舌気味に、「オレが見つけてやったんだ。テメーにゃあ週末までオレの忠実なしもべとしてこき使わせて貰おうか」なんて条件でもつき出してきそうなのに。
『……いや大丈夫でしょ、もう目の前にあるんだし。あんたもそんな気ぃ張らなくても、』
「本来手の届くところにあるもんが、必ずしもその手に入る確証なんてねぇよ。」
何故かこの世の真理を説くような奴の口ぶり……視線は未だにアタシをとらえて離さない。
アタシはいつになく張りつめた奴に居心地の悪さを感じながらも、その視界に映る片方だけのイヤリングに手を伸ばした。
「!!馬ッ、鹿!」
すると今度は焦ったように人を馬鹿呼ばわりする幼馴染み。
何だか今日のサソリはせわしないなぁ、と何の気なしに顔をあげれば。
―――パチリ。
黒いカラスと目が合った。
(あぁ、カラスって光輝くものが好きなんだっけ……。)
暢気なのは思考だけ、アタシはその鋭い爪が襲い来る瞬間を目で追うしか出来なくて。
「馬鹿やめろ!!!!」
『ッ!!』
突然の幼馴染みの怒鳴り声。
それはカラスに対してかアタシに対してか、わからないものだったけど。どちらも怯ませるには充分すぎた。
―――ガリッ、
その鍵爪はサソリの手の皮をえぐると、黒い羽を撒き散らしながら飛んでいってしまう。正直その鮮血だけで卒倒ものだ。
……だがそれだけじゃない。それだけで終わらない。
ピン、と跳ねるように宙を舞ったのは血のついたリング。
アタシがそれが何であるかを認めた頃にはもう遅く。
―――ポチャン……
それは橋の下の水面に、波紋を描きながら消えていった。
『…………ぁ……、』
アタシはすぐさま呆ける幼馴染みに近寄ると、その血にまみれた右の手をとる。
確かに出血はひどく見えるが、おそらく大事には至っていない。
……が、一番肝心なその小指にあるはずのものが、なかった。
『サ…ソリ………』
「…………。」
やはり見間違いではなかった。
あれは確かに、サソリが常に身に付けていたリング。
それを頭で理解した瞬間、アタシは血の気がサアッと引いた。
『……ご、ごめんサソリ!アタシなんか庇ったせいで、どっどうしよう!すぐ探しに、』
「…………馬鹿、何パニクってんだ。大事な落としもんは見つかっただろうが。」
つい先ほどまで心ここにあらずだったのに、慌てたアタシの様子を見てすぐにそう切り返してくる幼馴染み。
そうして、奴はおもむろに血まみれた手を差し出してくる。
……その手のひらには、血こそついてはいるが、探し求めていた小さなイヤリング。
「悪ぃな、血ぃ付いた。まぁ洗ってどうにかしてくれ。」
『ち、違うよ!こんなのより早くサソリのリング探さなくちゃ!あとその手当ても!』
「あれは、いい。元々大事なものでもなかったしな。」
そう言えば、平然とその手の傷を舐める幼馴染み……その目に迷いはないように見えるが。
―――嘘だ。だってアタシは既に聞いている。
―「オレは死ぬまでこのリングを外さねぇ。」―
その並々ならぬ思い入れは、誰から貰ったのか、はてはどこで手に入れたのか。
その経緯は語らないが、大事なものには相違ない。
『とにかくサソリは近くの公園でその傷すすいで……アタシも探したらすぐ行くから、』
「やめろ。あれにそんな大層な価値ねぇ、」
『嘘言わないで!あんたが毎日身につけてんの知ってんだから!』
「お目当てのもんは見つかっただろうが。もう充分だ。」
『よくないよ!!!』
アタシが突然怒鳴るので、サソリも、周りの道行く人もビクリと反応するが、アタシはそれどころじゃない。
―――アタシの探し物のために、サソリのリングが犠牲になって、傷ついて。
そんなの、許されるはずない。
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