30.魔王


不思議と、リッチを倒してから魔物達は一切現れなくなり、異様な静けさが漂っていた。
コツン、コツンと、聞こえるのはヒロインと赤龍が歩く足音だけとなっていた。

「…ヒロイン」

赤龍が、隣を歩くヒロインを見やる。
それは、前方に現れた広い空間の意味を彼が訴えていた。

「…うん」

ヒロインは静かに、コクンと頷く。
長かった次元の狭間も、ここが最奥の様だ。
広かれた空間には、君の悪いモヤが漂い、透明の地面もその透明さを更に増し、まるで空中を歩いている様な感覚を覚えていた。
ヒロインは、背にある剣を掴み、ゆっくりと引き抜きながら前へと歩く。
そして、部屋の中央まで辿り着いた時、ヒロインと赤龍は立ち止まる。

「ヒロイン、来るぞ」
「うん」

赤龍は魔王の気配をいち早く感じ、前方を厳しい瞳で見やる。
ヒロインも前を向くと、闇のモヤがより一層濃くなっていくと、そこから何かがゆっくりと姿を現し始めていた。

「…っ」

覚悟はしていたが、周りが邪悪そのものの空気に包まれていき、ヒロインは身震いするのを感じてしまう。
そんなヒロインの手を、赤龍がそっと包み握り締める。

「赤龍…」
「ヒロイン、俺がいる。俺とお前なら、こいつを…魔王を倒せる」

ヒロインを見つめる赤龍の瞳は、とても温かく優しいものであった。
ヒロインはしっかりと頷く、もう怖くはない。

(私には赤龍がいる。…青龍だって…私なら勝てるって言ってくれた)

ヒロインはそう思い、再び前を見やる。
魔王の姿は、完全に二人の前にその全貌を露わにさせていた。

「…神の子に、人間の勇者か」

魔王はまるで、人間そのものの姿をしていた。
骸骨の兜をかぶり、背中には大きな黒い羽が生え、真っ黒いローブにその身体は包まれていた。

「よくぞここまで辿り着いたな。流石、神と勇者か。…だが、お前達に私を倒す事は出来ん」
「ふ、随分自信たっぷりだな。そんな事、誰が決めた」

魔王の言葉に、赤龍が笑みを浮かべて言い返す。

「誰も決めてなどおらん。この私の力は最高のものだ…お前達に敵うはずなどない」
「その割には、人間界に来られていない様だけど?」

ヒロインも負けじと、魔王に強く言い返す。
ヒロインの言葉に、魔王は彼女を睨む。

「…クク、人間の女よ。神に選ばれたからと言って、随分強気な発言だな。私はわざとここに留まっていたのだ。貴様らを…神と勇者を滅ぼす為にな!」
「!ヒロイン!」

魔王が手の中に気を集め、ヒロインに向けて放ってくる。
いち早く赤龍がそれを察知し、ヒロインを抱き締めその場から避けていた。

「赤龍…ご、ごめん…っ」

ヒロインが気づくのは遅すぎていた。
彼女が立っていた所は、フシュウウと音を立て床が溶けてしまっていた。

「あれは闇の魔術だ…気をつけろ、ヒロイン。魔王が闇ならお前は光だ。あの魔術に当たったらお前は無事では済まされない」
「う、うん…気をつける」
「…行くぞ、ヒロイン。来る!」
「!」

ヒロインが振り向いた時には、魔王が此方に向かって来ている所であった。
赤龍は素早く手をかざし、魔術を唱えていた。

「火炎!」

赤龍の火の魔術が魔王に向かっていくが、いとも簡単に魔王はそれを跳ね除けていた。

「はーっ!」

ヒロインも剣を構え、魔王に向かって振りかざす。
カキィン!と音が上がると、剣は上に弾き飛ばされていた。

「嘘…」
「クク、この私に武器など効かぬ!はっ!」
「きゃあ!」

魔王に腕を振りかざされ、ヒロインはそのまま剣と同じ様に吹き飛ばされる。

「ヒロイン!ちっ…火柱!」

赤龍が火の柱を魔王の周りに発生させ、魔王の身体を火で包み込んでいく。

「赤龍任せて!はーっ!!」

ヒロインも剣を拾い体制を立て直すと、そのまま火に包まれた魔王に向かっていく。

「バカが」
「っ?!」

火に包まれているというのに、魔王は平然としていた。
ヒロインは何度も剣を魔王に当てて攻撃しようとするが、まるで効いていない。

「言っただろう、この私にそんなものは効かんと」

魔王はニヤリと、不気味に笑っていた。
そして、両腕を振りかざすと、そのまま勢いよくヒロインに振り下ろした。

「きゃあああ!!」
「ヒロイン!!」

ヒロインは魔王の火の腕をまともに喰らい、そのまま壁に激突していた。

「うっ…く…」
「ヒロイン!くそが…!」

気絶こそしていなかったが、ヒロインの服は彼方此方敗れ、傷だらけとなっていた。
赤龍はヒロインを支えると、魔王を睨む。

「クク、どうした神の子と勇者よ。貴様らの力はそんなものか?」
「ほざいてろ、屑が。……」

赤龍はそう吐き捨てると、目を瞑り神経を集中させる。
赤龍の赤い髪がなびき、ローブも波打っていた。

「う…赤龍…?」

ヒロインはどうにか立ち上がり、前に立つ異様な雰囲気の赤龍を見やる。

「…何をする気だ神の子よ」
「黙ってろ。貴様を…神の次男、赤龍が…永遠に葬り去る…!」

赤龍は目をカッと見開き、魔王に向けて両手を掲げる。

「神罰!!」
「何…?!」

魔王が今まで変えずにいた表情を、驚きのものに変えていた。
赤龍から放たれたものは、天から降り注ぐレーザーの様な光であった。
魔王の上からその光は勢いよく降り注ぎ、爆発の様な音を上げていった。

「く…っ?!」

余りの音と眩しさに、ヒロインは目を開けていられず、両手で前を塞ぐ。
そして、音が治った時には、魔王の姿は消えてなくなっていた。

「…く…っ」
「赤龍!」

ヒロインの身体の傷は、赤龍が支えてくれた時に治癒の魔術を唱え、殆ど回復していた。
赤龍はその場に膝をつき、顔を歪ませていた。

「赤龍大丈夫?!」

ヒロインは赤龍に駆け寄り、彼の身体を支える。

「ああ…何ともない。お前は…大丈夫か…?」
「うん、平気。赤龍が治してくれたから…」
「ふ…なら良かった…。奴は…魔王はこれで…っ?!」
「?!」

赤龍の赤い瞳が大きく見開かれる。
ヒロインも彼から前を見やると、そこには先程とは違うものが不気味に居座っていた。

「クク…さすがに…今のは効いたぞ…」

魔王の姿は人間の様なものではなく、兜だった骸骨は顔となり、全身灰色の身体に覆われ、羽はそのままの醜い生き物へと姿を変えていた。

「神一族しか扱えない究極の魔術か…クク…どうやら私を本気で怒らせた様だな…」
「う、嘘…」
「屑野郎が…くっ…」
「赤龍!」

究極魔術を放った事により、赤龍の体力は殆ど奪われ、魔王はその姿を更に醜く変えていた。

「神の子赤龍よ…貴様の力を侮っていた様だ。まずはお前から…始末してくれる!」

動けない赤龍に向かって、魔王は片手を掲げ、あの闇の魔術を放つ。

「そうはさせない!!」

ヒロインは赤龍の前に立ち、禍々しい闇の魔術を剣で受け止める。

「ヒロイン…止めろ…!」

赤龍は苦い表情を浮かべ、目の前に立つ愛する女性の名を呼ぶ。
彼女に傷付いてほしくない、赤龍の想いであった。
だが、ヒロインは退くのを止めない。

「くっ…!!」

剣で必死に闇の魔術を受け止めるヒロイン。
だが、徐々にその魔術はヒロインに染み込み、彼女の服を溶かしていく。
それでも、自分が退いたら赤龍が傷付いてしまう。

「いつも…いつも赤龍は私を守ってくれた!だから私が…今度は私が守る!」
「ヒロイン…」

勇ましいヒロインの姿に、赤龍は驚きの表情を浮かべ、魔王はニヤリと微笑む。

「クク、勇ましい勇者だ。人間なんぞがこの私に刃向かうだけでも許せんというのに。…小賢しいぞ!!」
「!きゃーっ!!」
「ヒロイン!!」

闇の魔術の威力が魔王の叫びと共に一気に強まり、ヒロインの身体を包み込む。
全身傷だらけとなり、ヒロインはその場にしゃがみこんでしまった。

「あ…う…」
「ククク…はははは!!どうだ、痛いだろう人間よ!だがその痛みもじきに無くなる、直ぐお前の家族の元へと送ってやろう!」

魔王の高笑いする声、同時にヒロインは、家族という言葉に頭がビクッとなっていた。

「…お、父さん…お母、さん…」

天国では、父と母、聡達が待っているだろう。
だが、ヒロインはまだそこへ行くわけにはいかない。
今ここで、魔王を倒さなければ、今まで旅してきた美しい人間界、砂漠の村や港町、雪の街…そこに住む全ての人々が天に召されることになってしまう。
それだけは必ず、絶対避けなければならない。
その為に、ヒロインは今まで旅をしてきた。
その為に、辛い事があっても乗り越えてきた。

(こんな…こんな所で死ぬわけにいかない…。私を選んでくれた赤龍と青龍のご両親の為にも…お父さんとお母さん、聡達の為にも…!)

ヒロインのその思いは力となり、再び彼女を立ち上がらせる。

「く…ヒロイン…止めろ…立つな…!!」

今の自分では、ヒロインを守る事が出来ない。
赤龍は叫ぶが、ヒロインは聞き入れず立ち上がり、魔王を見据えていた。

「ほう、まだ立ち上がれるとはな、仕方ない、トドメを刺してやろう」

魔王が再び、今度は両手に闇の気を集め始める。
ヒロインは両手を開き、目を瞑る。

「お父さん…お母さん…聡…私に…私に力を…」

先程の赤龍と同じ様に、今度はヒロインの髪がなびき、敗れた服が波打っていた。
魔王は、ヒロインに集まり始めた光に、顔を歪めていた。

「なんだこの光は…鬱陶しい…!!」

自分も集めていた闇の気を限界まで集め、魔王は両手を上に掲げる。

「この私が貴様ごと消し去ってくれる!!」

魔王の力の源である闇の魔術が、先程と比べ物にならない程の強さを増して、真っ直ぐヒロインに向かっていく。

「!ヒロイン!!」

赤龍が叫ぶ中、ヒロインは静かに目を見開く。
それと同時に、彼女が持っていた母の形見である、ガラスのイヤリングがポゥッと宙に現れていた。

「天光(てんこう)!!」

ヒロインの全身が大きく風でなびくと、魔王の頭上から眩しいほどの光が現れ、巨大な石となって真っ直ぐ魔王へ降り注ぐ。

「な、なん、だと…こ、この力は…」

驚きと呆然とする魔王に、光の石は休む事なく降り注いでいく。

「こんな、筈…は…!私、は魔王…世界最強の王…人間…神をも従え…この、私が…世界を…支配…」

ボロボロとなった魔王の身体は、その姿を徐々に消していく。

「人間…に、こん、な力が…ある、とは…ぐはっ……」

薄くなった魔王は、そのままスーッと、光の石が降り注いだ事によって現れた光の中へと消えていった。
ヒロインはそれを、呆然と見つめていた。
そして、光も完全に消え去ると、辺りは再び静けさを取り戻していた。

「……」

まだ呆然としているヒロイン。
自分がやった事を理解出来ていない様であった。

「…ヒロイン…」

赤龍も、彼女の力に驚いていた。
彼女は神一族しか扱えない魔術を使ったのだ、神に選ばれたからと言って、使えるものではない。
赤龍はゆっくりとヒロインに歩み寄ると、そのまま彼女を後ろから抱き締める。

「っ…赤龍…?」

ビクッとなるヒロイン。
赤龍に触れられた事で、彼女の意識がきちんと戻っていた。

「ヒロイン…やったな。お前の力だ…。魔王は滅んだ…」

耳元で囁かれる赤龍の言葉に、ヒロインは何もなくなった目の前の空間を見つめる。

「私…が、やったの…?」
「ああ…お前だ…お前の力が魔王を倒したんだ…」
「…」

ヒロインは、床に落ちている母のイヤリングを見つける。

「…お母さんが…お母さんやお父さん…村のみんなが…私に力をくれた…。凄く優しくて、温かい光だった…」
「ああ…ヒロインの両親達の想いが、お前の力になったんだ…」
「うん…」

ヒロインは赤龍の温もりを感じながら、真っ暗な宙を見つめる。
あのとき確かに、温かい心を感じていた。

「お母さん…お父さん…みんな…ありがとう…」

ヒロインが呟くと、再び辺りから眩い光が現れ始めていた。
赤龍はスッとヒロインを離し、代わりに彼女の手を握る。

「ヒロイン、行くぞ」
「え…赤龍、でも、身体は…」
「ふ…そういうお前も、身体が軽くなっているだろ?」
「あ…」

傷だらけだった服や傷は、いつのまにか綺麗に戻っていた。
両親達の力だろう、赤龍の傷も綺麗に塞がり治っていた。

「赤龍、あ、あの…行くって何処へ…」

母のイヤリングを拾いポケットに入れると、ヒロインは赤龍を見る。

「…俺の故郷に、お前を案内してやる…」
「っ…」

眩しいほどの赤龍の微笑み。
ヒロインの頬が一気に赤くなると、彼女は赤龍に連れられ、光の中へと入っていく。
そして、その視界の先に現れた美しい世界に、ヒロインは暫し口を開け、ポカンと見入っていたのであったー。


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