29.仇


「なんという事だ…この私の術が破られるとは…!」

魔王のいる空間よりも一歩手前の部屋で、骸骨の魔物は悔しそうに顔を歪める。

「青龍も元に戻り、あの女まで…?!あり得ん!私の術があんな行為をするだけで破られるとは…ッ!」

人間というものの本質を、魔物が分かる筈も無かった。

「私が奴等を倒さねば…いや、神の子であろうと魔王様や私に敵うはずなどない!」
「敵ってみせるわ!」
「何?!」

骸骨の魔物は、突然上がった声に驚く。
神に選ばれし勇者ヒロインと神の子赤龍が、キッと骸骨の魔物を睨み立っていた。

「き、貴様らは…!」
「よくも…よくも私の村を…お父さんやお母さんを…許さない!」

ヒロインは大剣を構え、骸骨に怒りの叫びをぶつける。

「貴様の数々の悪事、許すわけにはいかん」

赤龍も杖を構え、低い声で言う。

「…ひひひ、人間と神の子ごときに、この私は倒されませんよ!!」

骸骨の魔物は、ヒロインと赤龍に不気味に笑うと、バアッと、着ていたマントを拭い去った。

「こいつは…リッチか!」
「リッチ?」
「ああ…魔王の二の腕とも呼ばれる闇の魔法使いだ」
「ひひひ…私の操りを解いた事は素直に褒めてあげましょう。ですが、ここから先へは行かせませんよ、お二人仲良く、ここで死んでもらいます」

リッチは、骸骨の空洞の目をギラリと光らせる。

「ご両親や村の方々も、貴女を待っていらっしゃるでしょう。直ぐに、会わせてさしあげますよ!」

リッチは杖を取り出すと、ヒロインに向かって何かを発動させた。

「ヒロイン!」
「はっ!」

赤龍がヒロインを呼ぶのと同時に、彼女は隙をつきそれを避ける。
黒いモヤのようなものは、ヒロインがいた所でぶつかりそのまま消えていく。

「お父さんやお母さん、皆の仇…取らせて貰う!」

ヒロインは大剣を構え、リッチに向かって剣の先を走らせる。

「たあーっ!」

カキィン!と、ヒロインの剣とリッチの杖がぶつかり合う。

「くくく、やはり、選ばれし勇者…お強いですねえ」
「絶対…あんたは許さない…!あんたを倒して、魔王も倒してみせる…!」
「勇ましい。その力…魔王様の為に再びお使いなさい!」

リッチの空洞の目が、再び妖しく光る。
ヒロインは、フードの魔物を倒した時見たものはこの光る目だと、確信した。

「二度も同じ手を食らわさせん」

ヒロインに術を放とうとするリッチの背後に、赤龍が立っていた。

「火柱!」
「ぐっ?!」

赤龍の火の魔法を受け、リッチは彼の方へも手を伸ばす。
リッチは両手で、ヒロインの剣、そして赤龍の杖を受け止める。

「ヒヒヒ、人間と神の子などに、私や魔王様は負けはしませんよ!」

そう叫ぶリッチの力は、どんどん強くなっていく。

「く…っ」

ヒロインも負けじと、必死に剣に力を込める。
このリッチこそ、自分の村を焼き払い、両親の仇。
負けるわけにはいかない。

「言っておくがな、俺も貴様の様な外道に負ける気は毛頭ない。ヒロインの村を焼き払い…村人やあいつの両親に手を掛けたこと…許さん!」
「ぐ…」

赤龍の力が増し、リッチは顔を歪ませる。

「赤龍…きゃあっ!」
「ヒロイン…くっ!」

リッチの見えない衝撃波の様なものを受け、ヒロインと赤龍は背後に吹き飛ばされていた。

「ほざけ人間と神が!ここで貴様らを始末し、魔王様に世界を支配してもらう!」

リッチは杖を掲げると、光の様なものを集め始める。

「貴様らがどうあがいても、この私や魔王様を倒す事など出来ん!」
「ヒロイン!俺の火を受け取れ!」
「えっ?!あ…?」

リッチが力を集めている隙を狙い、赤龍は火炎の魔法を、ヒロインの剣に当てた。
炎を受けたヒロインの剣は、赤く燃える様な剣に変化していた。

「俺とお前で、一緒に仇を取ろう。行くぞ!」
「赤龍…ええ!」

炎の剣を取り、ヒロインはリッチに向かう。
赤龍も同時に走り出し、魔法を唱えていた。

「はあーっ!!」
「なんどやっても同じだ!」

リッチは再び、目を光らせヒロインを見据える。
が、ヒロインには何も変化は訪れない。

「なんだと、私の術が…ぐおっ!」

リッチの背中に、赤龍の炎の波の魔法の攻撃が当たっていた。

「ヒロイン今だ!」
「はあーっ!お父さんとお母さんの仇!!」

ヒロインは炎の剣を大きく振り上げ、目の前のリッチに思い切り、渾身の力を込めて振り下ろした。

「ぐおおおおっ!!」

ザシュッと、ヒロインはリッチに手応えを感じたのと同時に、彼は悲鳴を上げていた。

「な、なぜだぁ…何故私の術が…っ!」
「…赤龍が、私に触れてくれたから。二度ど、術になんか負けない様にって。だから、あんたになんか負けない!」
「なんだ…と…それが、愛という戯けたものか…?それに、この私は負けたと…ぐふっ!ま、魔王様…申し訳…ありませ…」

リッチはそう言葉を放ちながら、そのまま地面に倒れていく。
シュウゥという音ともに、彼の姿は消えていった。

「お父さん…お母さん、聡、皆…仇は、取ったよ…」

ヒロインは宙を見て、亡き両親や村人達を思う。
皆の仇を取れた事は、ヒロインにとって大きな力となっていた。

「ヒロイン…良くやったな」

赤龍も、笑顔でヒロインに歩み寄る。

「赤龍…うん、ありがとう。これで、お父さん達も…きっと安心して眠れる」
「ああ。…大丈夫か?」
「え?」
「…」

赤龍は指をヒロインの頬に当てると、ツーッと伝っていく彼女の涙を拭う。

「…涙が出ている」
「!…ごめん赤龍…いつの間に…」

この涙は、ヒロインの素直な気持ちだろう。
ヒロインは赤龍の指に、涙を濡らしていく。
だが、それは直ぐにおさまっていた。

「…魔王は直ぐそこだ。…行けるか?」
「大丈夫」

ヒロインの瞳は、強い光が込められている。
魔王との決戦は、本当に、直ぐ目の前へと迫っていたー。


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