凍雨
※旧ボーダーについて捏造マシマシ タリ小話の「空然」というお話の後日談
バッド(?)エンドver
ゆらゆら、と身体が揺れている。
身体が酷く寒くて痛くて、キリは口の端から思わずくぐもった呻き声をあげる。身体を預けた所の温かさに、どうやら自分は誰かに負ぶわれているらしいとぼんやり気付いた。
「大丈夫、大丈夫」
キリを負ぶった誰かはしきりにそう呟いていた。まるで祈るような、懇願するような声音をどこか遠く聞きながら、キリはその背に体を預けていた。
「大丈夫、死ぬな。お願いだから、お前も、お前まで…お前は、死ぬな」
皆は?今どうなってるの?私の身体、全く動かないの。
どれ一つ言葉にならない代わりに嗚咽と呻き声が口の端から漏れる。
「…んぱい、せんぱい、助けて」
やっと言葉になったのはそれだけだった。
雲一つない澄んだ青空だ。
そこにまっすぐ引かれていく飛行機雲をぼんやり見ながら林藤は煙草の煙と一緒に深く息を吐いた。ふわっと煙草の煙が薄く広がる。しかし、その煙はすぐ少し強めに吹いた春風に攫われていった。
どうしたものかな、と思考を巡らす。もう考えたところでどうしようもない所まできたが、この期に及んで自分の狡い頭は動き出す。いっそこの春風と一緒にどこかへ行ってしまおうか、なんて言ったら彼女はきっと真面目に「もう少し現実的なことは言えないんですか」と一蹴されるに違いない。
「…先輩」
「よう、キリ。お前もこっち来るか?いい天気だぞ〜」
キリは怒ったような顔をした後に困ったような顔をして、かと思えば次には少し悩んだような顔をして、こちらへと来る頃には諦めたような顔をしていた。そんな百面相をするキリを眺めつつ林藤は笑いながら待っていた。
キリは林藤の座る青いベンチに腰掛けた。最初は拳一つ分ほど空いた隣に座ったが、何を思ったのか離れて座り直す。林藤は一連の流れを面白おかしそうに見つめた後、キリが離れた分詰める。再び二人の距離は拳一つ分ほどになり、キリはちらっとこちらを見たが何も言わなかった。
「病院は禁煙ですよ」
「屋上はいいって、かーわいい看護婦さんが」
「……不純です」
「妬いちゃう?」
「うるさいです」
しばらく他愛ない会話のキャッチボールが続いたが、流れを変えたのは林藤だった。
「…元気か?」
「私なんか全然平気です」
「平気じゃないだろ〜、二週間目を覚まさなくてこっちはヒヤヒヤしてたんだからな。先に釘を刺すとくけれどもう少し入院な」
「えぇっ、もう私平気です」
「ダメだ。ほら、もう病室戻るぞ」
小さくなった煙草を携帯灰皿に突っ込むと立ち上がる。キリは何か言いたげにこちらを睨んだが、その何か(恐らく文句)を飲み込んで黙って立ちあがった。
不意に強く吹いた風につられて屋上のフェンスの向こうを見る。雲一つない青空の下には、平日の昼特有の、ゆっくりとした時間が流れている。
同盟国の戦争に巻き込まれ何とか追い返したのは二週間前の事だ。もちろんキリもその戦闘に参加していたが、あわやというところで死ぬところだった。何処かの誰かが基地の医務室まで運んできてくれなかったら、今頃ここにいないだろう。
それでもキリだけはしばらく生死の間をさまよい、城戸の古いつてだとかで内部の事情を知ったこの病院へと移されていた。
仲間のほとんどが死に、残されたものはいま、選択を迫られていた。新しい道へ進むか、散った仲間達が唯一残した今までの道を貫き通すか。はたまた、全てを忘れて日常へと戻るか。
「キリはどうすんだ?」
まだ本調子ではないからだろうか、ゆっくりとしたキリの歩調に合わせながらなんとなく問いかけた。キリは包帯を巻いた腕をさする。
「…分かりません」
「そっか。そうだよなぁ」
そこからは特に会話はなかった。そのまま病室へ着き、キリがベッドに横になるのを見届けた林藤は「大人しくしてろよ」と、まるで風邪をひいた子供にするように頭を撫でた後に部屋を後にする。
「明日も来るからな、ちゃんと休めよ」
「分かりましたって、子供じゃないんだから…」
明日「も」という言葉に引っかかり、彼に問いかけようと慌てて起き上がったがとうに林藤は部屋から出て行っていた。
不意に、キリはベッド脇にある小棚に目を止めた。活けてある花が真新しいし、あたりに落ちた花びらはいま活けてある花とはまた違う花びらだ。どうやら、誰かが定期的に変えていたようだ。
「…まさか…ね、」
ひとつだけ摘み、しげしげ眺めた後にキリはちょっと笑ってふっと息を吹きかけて窓の外へ飛ばす。
あの人は、そんなにこまめな人じゃない。
「方針を変える?」
「そうだ。これからは同盟頼みではなく、我々が力をつける」
医者からもしっかりお墨付きをもらい、ついでに林藤からも許可をとり(別に後者はいらなかったが本人がうるさかったので)、退院したキリは久々に基地へと顔を出すなり城戸の部屋に呼ばれていた。まだ包帯が取れない彼の表情はよく見えない。キリはゆっくり彼の言葉を咀嚼して、また聞き返した。
「…同盟を破棄するんですか」
「もうあの戦いでこれも意味を持たないだろう」
城戸は同盟について書かれた紙を持つ手を離した。ひらひらと紙はゆっくりと舞い、床へと落ちる。城戸は拾おうとはしなかったーーそして、それはキリも。
「もう西条以外には聞いている。忍田は一部同意で林藤は反対だそうだ。それについてはとやかく言うつもりはない。私が新しい道へ進むと決めたように、今までの道を行くと決めた林藤を止める権利はない」
すっとこちらを向いた目はすっかり鋭い物になってしまっている。
しばらく逡巡した後、キリは迷わず結論を出した。
城戸の部屋から出、一息つく。
「…キリ」
名前を呼ばれて振り向いた先には林藤がいる。何やらマグカップを二つ持っている林藤は片方をキリに渡した。
「いまから屋上で息抜きするのに相手を探してたんだよ、付き合ってくれるか?」
「…嘘ばっかり」
キリは受け取ったマグカップを少し持ち上げるとしかめっ面をしてみせた。
「これ、私のじゃないですか」
「バレたか」
「バレバレですから」
いつも通りに軽い調子の会話を交わす。ただ、歩みはお互いに一定の距離を置いていた。
雲一つない澄んだ青空だ。
キリは屋上のベンチに腰掛けぼんやりそれを見上げる。城戸の計画ではいつかは新しい基地をどこかに立てるらしい。ここよりもっと大きくなるというのだから、きっとその基地の屋上はもっと青空に近いんだろう。
「城戸さんからはもう話を聞いたよな?」
「…はい、今後の方針をざっくりと」
「どう思った?」
「私は、政宗先輩について行きます」
林藤はこちらを振り向いた。逆光のせいでその表情は読めない。キリはそのまま目をそらさずに続けた。
「私は、もう失いません。気付いたんです、私は仲間も他の人も…どちらも取れるほど器用じゃないし、強くない。なら私は絶対仲間を選ぶ。もう、誰も失いたくないんです」
「…そうか。いや、まあ…そんな気はしたけどな……お前と城戸さん、そういうとこ合うから」
「…この決断に政宗先輩は関係ありませんが?」
ふ、と雲が太陽にかかる。
ようやく見えた林藤の顔は珍しく感情的で、それでもそれが悲しみなのか、怒りなのか、軽蔑なのかーーとにかくその時のキリには分からなかった。
「俺は、そう思わない」
吐き出されたその言葉に返す言葉が分からなかった。
そのまま黙って林藤がその場を後にして、空の雲が灰色がかったものが多くなる頃にやっと、彼とはもう道が交わることがない事を理解した。
ゆらゆら、と身体が揺れている。
それに合わせて響く革靴の足音にキリは微睡みの淵からゆっくり意識を浮上させる。ぼやっとした視界にうつったのは、見慣れた眼鏡のテンプル。
「…せんぱい、」
「お、起きたか?吐き気は?」
「なんとか…」
「よしよし、じゃあもう少し寝てろ。ちゃーんと送ってやるから」
大丈夫、大丈夫。
その後に続いたその言葉に、不意にいつかの記憶が浮かび上がる。あの日の、死にかけた時に誰かがキリを背負って基地まで運んでくれた、あの日のーー預けた身体から伝わる温度があの日と似ている気がする。
「…せんぱい、」
「なんだ?やっぱ吐くか?」
「…あの日、せんぱいだったんですね。助けて、くれたの」
何が、とは言わなかった。
しばらく足音だけが響いていたが、
「……じゃあ、あの日の先輩ってどっちのこと?」
「それは、」
「今更」この二文字が脳裏を掠める。
あの日ーー城戸と共についていくと決めたあの日。もうこの人と道を違えると決めたのだ。
(あぁ、でも…この人は、私と同じ。私達はずっとお互いの事を)
今更気付いた林藤の感情に、そうですと言えたらどんなに楽で幸せだろう。でも、キリは選んでしまった。林藤とは違う道を。
不器用で弱い自分が両方を追えばどうなるか、それはもう身に染みて分かっている。
「…どういう事ですか、私、覚えてません」
あの日助けを求めたのは、死にたくないと思わされた人は。
それが言葉になる事はない。
キリの言葉に林藤は何も返さなかった。キリも、何も言い足さなかった。ただお互いにこの関係が破綻した事は分かっている。
基地の廊下に響く足音を聞きながら、ただただこの恋の終わりをかみしめていた。
バッド(?)エンドver
ゆらゆら、と身体が揺れている。
身体が酷く寒くて痛くて、キリは口の端から思わずくぐもった呻き声をあげる。身体を預けた所の温かさに、どうやら自分は誰かに負ぶわれているらしいとぼんやり気付いた。
「大丈夫、大丈夫」
キリを負ぶった誰かはしきりにそう呟いていた。まるで祈るような、懇願するような声音をどこか遠く聞きながら、キリはその背に体を預けていた。
「大丈夫、死ぬな。お願いだから、お前も、お前まで…お前は、死ぬな」
皆は?今どうなってるの?私の身体、全く動かないの。
どれ一つ言葉にならない代わりに嗚咽と呻き声が口の端から漏れる。
「…んぱい、せんぱい、助けて」
やっと言葉になったのはそれだけだった。
雲一つない澄んだ青空だ。
そこにまっすぐ引かれていく飛行機雲をぼんやり見ながら林藤は煙草の煙と一緒に深く息を吐いた。ふわっと煙草の煙が薄く広がる。しかし、その煙はすぐ少し強めに吹いた春風に攫われていった。
どうしたものかな、と思考を巡らす。もう考えたところでどうしようもない所まできたが、この期に及んで自分の狡い頭は動き出す。いっそこの春風と一緒にどこかへ行ってしまおうか、なんて言ったら彼女はきっと真面目に「もう少し現実的なことは言えないんですか」と一蹴されるに違いない。
「…先輩」
「よう、キリ。お前もこっち来るか?いい天気だぞ〜」
キリは怒ったような顔をした後に困ったような顔をして、かと思えば次には少し悩んだような顔をして、こちらへと来る頃には諦めたような顔をしていた。そんな百面相をするキリを眺めつつ林藤は笑いながら待っていた。
キリは林藤の座る青いベンチに腰掛けた。最初は拳一つ分ほど空いた隣に座ったが、何を思ったのか離れて座り直す。林藤は一連の流れを面白おかしそうに見つめた後、キリが離れた分詰める。再び二人の距離は拳一つ分ほどになり、キリはちらっとこちらを見たが何も言わなかった。
「病院は禁煙ですよ」
「屋上はいいって、かーわいい看護婦さんが」
「……不純です」
「妬いちゃう?」
「うるさいです」
しばらく他愛ない会話のキャッチボールが続いたが、流れを変えたのは林藤だった。
「…元気か?」
「私なんか全然平気です」
「平気じゃないだろ〜、二週間目を覚まさなくてこっちはヒヤヒヤしてたんだからな。先に釘を刺すとくけれどもう少し入院な」
「えぇっ、もう私平気です」
「ダメだ。ほら、もう病室戻るぞ」
小さくなった煙草を携帯灰皿に突っ込むと立ち上がる。キリは何か言いたげにこちらを睨んだが、その何か(恐らく文句)を飲み込んで黙って立ちあがった。
不意に強く吹いた風につられて屋上のフェンスの向こうを見る。雲一つない青空の下には、平日の昼特有の、ゆっくりとした時間が流れている。
同盟国の戦争に巻き込まれ何とか追い返したのは二週間前の事だ。もちろんキリもその戦闘に参加していたが、あわやというところで死ぬところだった。何処かの誰かが基地の医務室まで運んできてくれなかったら、今頃ここにいないだろう。
それでもキリだけはしばらく生死の間をさまよい、城戸の古いつてだとかで内部の事情を知ったこの病院へと移されていた。
仲間のほとんどが死に、残されたものはいま、選択を迫られていた。新しい道へ進むか、散った仲間達が唯一残した今までの道を貫き通すか。はたまた、全てを忘れて日常へと戻るか。
「キリはどうすんだ?」
まだ本調子ではないからだろうか、ゆっくりとしたキリの歩調に合わせながらなんとなく問いかけた。キリは包帯を巻いた腕をさする。
「…分かりません」
「そっか。そうだよなぁ」
そこからは特に会話はなかった。そのまま病室へ着き、キリがベッドに横になるのを見届けた林藤は「大人しくしてろよ」と、まるで風邪をひいた子供にするように頭を撫でた後に部屋を後にする。
「明日も来るからな、ちゃんと休めよ」
「分かりましたって、子供じゃないんだから…」
明日「も」という言葉に引っかかり、彼に問いかけようと慌てて起き上がったがとうに林藤は部屋から出て行っていた。
不意に、キリはベッド脇にある小棚に目を止めた。活けてある花が真新しいし、あたりに落ちた花びらはいま活けてある花とはまた違う花びらだ。どうやら、誰かが定期的に変えていたようだ。
「…まさか…ね、」
ひとつだけ摘み、しげしげ眺めた後にキリはちょっと笑ってふっと息を吹きかけて窓の外へ飛ばす。
あの人は、そんなにこまめな人じゃない。
「方針を変える?」
「そうだ。これからは同盟頼みではなく、我々が力をつける」
医者からもしっかりお墨付きをもらい、ついでに林藤からも許可をとり(別に後者はいらなかったが本人がうるさかったので)、退院したキリは久々に基地へと顔を出すなり城戸の部屋に呼ばれていた。まだ包帯が取れない彼の表情はよく見えない。キリはゆっくり彼の言葉を咀嚼して、また聞き返した。
「…同盟を破棄するんですか」
「もうあの戦いでこれも意味を持たないだろう」
城戸は同盟について書かれた紙を持つ手を離した。ひらひらと紙はゆっくりと舞い、床へと落ちる。城戸は拾おうとはしなかったーーそして、それはキリも。
「もう西条以外には聞いている。忍田は一部同意で林藤は反対だそうだ。それについてはとやかく言うつもりはない。私が新しい道へ進むと決めたように、今までの道を行くと決めた林藤を止める権利はない」
すっとこちらを向いた目はすっかり鋭い物になってしまっている。
しばらく逡巡した後、キリは迷わず結論を出した。
城戸の部屋から出、一息つく。
「…キリ」
名前を呼ばれて振り向いた先には林藤がいる。何やらマグカップを二つ持っている林藤は片方をキリに渡した。
「いまから屋上で息抜きするのに相手を探してたんだよ、付き合ってくれるか?」
「…嘘ばっかり」
キリは受け取ったマグカップを少し持ち上げるとしかめっ面をしてみせた。
「これ、私のじゃないですか」
「バレたか」
「バレバレですから」
いつも通りに軽い調子の会話を交わす。ただ、歩みはお互いに一定の距離を置いていた。
雲一つない澄んだ青空だ。
キリは屋上のベンチに腰掛けぼんやりそれを見上げる。城戸の計画ではいつかは新しい基地をどこかに立てるらしい。ここよりもっと大きくなるというのだから、きっとその基地の屋上はもっと青空に近いんだろう。
「城戸さんからはもう話を聞いたよな?」
「…はい、今後の方針をざっくりと」
「どう思った?」
「私は、政宗先輩について行きます」
林藤はこちらを振り向いた。逆光のせいでその表情は読めない。キリはそのまま目をそらさずに続けた。
「私は、もう失いません。気付いたんです、私は仲間も他の人も…どちらも取れるほど器用じゃないし、強くない。なら私は絶対仲間を選ぶ。もう、誰も失いたくないんです」
「…そうか。いや、まあ…そんな気はしたけどな……お前と城戸さん、そういうとこ合うから」
「…この決断に政宗先輩は関係ありませんが?」
ふ、と雲が太陽にかかる。
ようやく見えた林藤の顔は珍しく感情的で、それでもそれが悲しみなのか、怒りなのか、軽蔑なのかーーとにかくその時のキリには分からなかった。
「俺は、そう思わない」
吐き出されたその言葉に返す言葉が分からなかった。
そのまま黙って林藤がその場を後にして、空の雲が灰色がかったものが多くなる頃にやっと、彼とはもう道が交わることがない事を理解した。
ゆらゆら、と身体が揺れている。
それに合わせて響く革靴の足音にキリは微睡みの淵からゆっくり意識を浮上させる。ぼやっとした視界にうつったのは、見慣れた眼鏡のテンプル。
「…せんぱい、」
「お、起きたか?吐き気は?」
「なんとか…」
「よしよし、じゃあもう少し寝てろ。ちゃーんと送ってやるから」
大丈夫、大丈夫。
その後に続いたその言葉に、不意にいつかの記憶が浮かび上がる。あの日の、死にかけた時に誰かがキリを背負って基地まで運んでくれた、あの日のーー預けた身体から伝わる温度があの日と似ている気がする。
「…せんぱい、」
「なんだ?やっぱ吐くか?」
「…あの日、せんぱいだったんですね。助けて、くれたの」
何が、とは言わなかった。
しばらく足音だけが響いていたが、
「……じゃあ、あの日の先輩ってどっちのこと?」
「それは、」
「今更」この二文字が脳裏を掠める。
あの日ーー城戸と共についていくと決めたあの日。もうこの人と道を違えると決めたのだ。
(あぁ、でも…この人は、私と同じ。私達はずっとお互いの事を)
今更気付いた林藤の感情に、そうですと言えたらどんなに楽で幸せだろう。でも、キリは選んでしまった。林藤とは違う道を。
不器用で弱い自分が両方を追えばどうなるか、それはもう身に染みて分かっている。
「…どういう事ですか、私、覚えてません」
あの日助けを求めたのは、死にたくないと思わされた人は。
それが言葉になる事はない。
キリの言葉に林藤は何も返さなかった。キリも、何も言い足さなかった。ただお互いにこの関係が破綻した事は分かっている。
基地の廊下に響く足音を聞きながら、ただただこの恋の終わりをかみしめていた。