葡萄(嵐山の場合)
こちらの嵐山ver
玄界に潜入した時、潜入するためにボーダー隊員に近付いた。そこで、目を付けたのが嵐山准という男だった。
いつもきらきら笑って、まるでこの世の穢れなんて何一つ知らなそうな、そんな男だから簡単に騙せた。
でも、多分彼に目をつけて近付いた時からキリの運命はギシギシと嫌な音を立てて歪んでいったのだ。
「あれはなあに」
いつだったか、自分の家の隣家の庭で育てられていた植物を見て、そう質問したことがある。
「あれか?」
「うん。いい匂いがする」
嵐山はちょっと笑っていった。
「あれは葡萄だな。美味しいぞ」
「? 花を食べるの?」
「いや、違う違う。あれがこれから実になるんだよ。花言葉は何だったかな・・」
この前から佐補聞いたんだよなー、と言いながら少し考え込み、思い出したようにいった。
「そうだ、“好意”と“信頼”だったな」
「・・ん・・」
顔に柔らかな朝日が当たってキリは目を覚ます。全身が、まるで押さえつけられているように怠い。
そっと目だけ動かしてあたりをうかがうーー彼は、いないようだ。
そのことに内心ほっとしつつ、一晩で皺くちゃになったシーツに手をついてそっと起きる。
部屋はカーテンが閉め切られていて朝だというのに暗い。優しくかけられていたタオルケットから抜け出そうとして、気付く。そうだ、今はベッドからそう遠くへ動けないんだった。
そっとベッドから起き上がると脱ぎ散らかした服を無造作に踏みつつ顔を洗おうと台所へ近づく。キリが歩くたびに、手首とベッドの足を繋ぐ鎖がじゃらじゃらとうるさく音を立てた。
ざあっと水を流しつつ手で溜めると顔を洗う。少しぬるい水はかえって不快感が増した気がした。
「・・キリ」
恐ろしいほど優しい声が耳元でしたかと思うと、ぎゅっと後ろから抱きしめられた。思わずびくり、と震える体を誤魔化すようにキリは腰に回されたを掴む。
「・・いた、んですか」
「悪かったな、任務が長引いたんだ」
待ったか? と柔らかく笑う顔があの時となんら変わらない。
「・・いいえ、全く」
「そうか」
「・・ごめんなさい、昨日はその・・」
おそるおそる振り返って嵐山をそっとしたから見上げる。昨日の、どこまでも冷たい瞳がふと脳裏をよぎって怖くなって、自分の体を抱き込んだ。
「・・いいんだ、キリが俺を騙してたことも利用してたこともーーむしろ、素直に告白してくれて嬉しかった」
でもな、と続ける声音は一気に冷たいものになった。
「だからといって離れるのはやめてくれ。俺は、キリを離したくない」
だから、な? とささやかれてそっとキスを落とされる。どこまでも優しくて、甘い甘いキスだった。
「・・昨日はすまない。体は平気か? どこか痛いところは?」
「・・ない、です」
「そうか、それはよかった」
髪を撫でるその手の温かさに泣きたくなる。怖かった。騙しているのが耐えきれなくなって、今までの事を告白して逃げようとした時の、あの嵐山の怒った顔が頭から離れない。でもその反面、その温かい手も優しい声音も好きだった。
「今日はゆっくりできるから部屋でゆっくりしようか。キリ、こっちの世界の映画ってのを見たことないだろう?」
借りてきたんだ、と笑う嵐山につられてキリも笑う。そのまま手を引かれてベッドに座る。じゃらじゃらと、場違いな鎖の音が響くのも、もう気にはならなかった。
ふと、思い出したように嵐山が言う。
「そうだ、葡萄の花言葉、まだアレ以外にもあるらしくてな」
「うん」
借りてきたDVDをセットしながら何でもないように言ってきた言葉をそれで、と催促する。
「“酔い”と“狂気”だと。なんでもワインの原料になっているから、らしい」
「ワイン?」
「そうか、キリはワインも知らなかったな」
これから知ればいい、と優しく言う嵐山の言葉を聞きながらキリはもたれかかるとそっと目を閉じた。
玄界に潜入した時、潜入するためにボーダー隊員に近付いた。そこで、目を付けたのが嵐山准という男だった。
いつもきらきら笑って、まるでこの世の穢れなんて何一つ知らなそうな、そんな男だから簡単に騙せた。
でも、多分彼に目をつけて近付いた時からキリの運命はギシギシと嫌な音を立てて歪んでいったのだ。
「あれはなあに」
いつだったか、自分の家の隣家の庭で育てられていた植物を見て、そう質問したことがある。
「あれか?」
「うん。いい匂いがする」
嵐山はちょっと笑っていった。
「あれは葡萄だな。美味しいぞ」
「? 花を食べるの?」
「いや、違う違う。あれがこれから実になるんだよ。花言葉は何だったかな・・」
この前から佐補聞いたんだよなー、と言いながら少し考え込み、思い出したようにいった。
「そうだ、“好意”と“信頼”だったな」
「・・ん・・」
顔に柔らかな朝日が当たってキリは目を覚ます。全身が、まるで押さえつけられているように怠い。
そっと目だけ動かしてあたりをうかがうーー彼は、いないようだ。
そのことに内心ほっとしつつ、一晩で皺くちゃになったシーツに手をついてそっと起きる。
部屋はカーテンが閉め切られていて朝だというのに暗い。優しくかけられていたタオルケットから抜け出そうとして、気付く。そうだ、今はベッドからそう遠くへ動けないんだった。
そっとベッドから起き上がると脱ぎ散らかした服を無造作に踏みつつ顔を洗おうと台所へ近づく。キリが歩くたびに、手首とベッドの足を繋ぐ鎖がじゃらじゃらとうるさく音を立てた。
ざあっと水を流しつつ手で溜めると顔を洗う。少しぬるい水はかえって不快感が増した気がした。
「・・キリ」
恐ろしいほど優しい声が耳元でしたかと思うと、ぎゅっと後ろから抱きしめられた。思わずびくり、と震える体を誤魔化すようにキリは腰に回されたを掴む。
「・・いた、んですか」
「悪かったな、任務が長引いたんだ」
待ったか? と柔らかく笑う顔があの時となんら変わらない。
「・・いいえ、全く」
「そうか」
「・・ごめんなさい、昨日はその・・」
おそるおそる振り返って嵐山をそっとしたから見上げる。昨日の、どこまでも冷たい瞳がふと脳裏をよぎって怖くなって、自分の体を抱き込んだ。
「・・いいんだ、キリが俺を騙してたことも利用してたこともーーむしろ、素直に告白してくれて嬉しかった」
でもな、と続ける声音は一気に冷たいものになった。
「だからといって離れるのはやめてくれ。俺は、キリを離したくない」
だから、な? とささやかれてそっとキスを落とされる。どこまでも優しくて、甘い甘いキスだった。
「・・昨日はすまない。体は平気か? どこか痛いところは?」
「・・ない、です」
「そうか、それはよかった」
髪を撫でるその手の温かさに泣きたくなる。怖かった。騙しているのが耐えきれなくなって、今までの事を告白して逃げようとした時の、あの嵐山の怒った顔が頭から離れない。でもその反面、その温かい手も優しい声音も好きだった。
「今日はゆっくりできるから部屋でゆっくりしようか。キリ、こっちの世界の映画ってのを見たことないだろう?」
借りてきたんだ、と笑う嵐山につられてキリも笑う。そのまま手を引かれてベッドに座る。じゃらじゃらと、場違いな鎖の音が響くのも、もう気にはならなかった。
ふと、思い出したように嵐山が言う。
「そうだ、葡萄の花言葉、まだアレ以外にもあるらしくてな」
「うん」
借りてきたDVDをセットしながら何でもないように言ってきた言葉をそれで、と催促する。
「“酔い”と“狂気”だと。なんでもワインの原料になっているから、らしい」
「ワイン?」
「そうか、キリはワインも知らなかったな」
これから知ればいい、と優しく言う嵐山の言葉を聞きながらキリはもたれかかるとそっと目を閉じた。