01





 きまってこの時間は警備が薄い。

 キリは深呼吸一つ吐いて呟く。

 「・・トリガー、起動」

 ぱっと一瞬暗い室内が照らされ、キリはトリオン体になる。手錠も足枷も生身の体に合わせて作られているから簡単にちぎる事ができた。

 (少し大きい音がしたけれど、大丈夫・・大丈夫)

 震える体に必死にそう言い聞かせて、自身の薙刀のような形状のトリガーを、大きく振りかぶって檻を切り刻んだ。途端に真っ暗な部屋に光が満ちる。

 ーーやっとこの日が来た。

 檻から一目散に飛び出し、とある場所に向かう。この数年間、この訳のわからない世界から逃げるために、必死に頭に叩き込んだ城内の地図を思い浮かべる。艇は確かこっちだ。
 乱れる呼吸さえも気にも留めずに艇が置いてある部屋に転がり込む。いつ、あいつらが私の脱走に気付いて追いかけてくるかわからない。

 「!」

 ばちっと嫌な音がして、右足から崩れ落ちる。音に気付いて右足を見れば、黒い煙が吹き出し、足首から下は消えていた。床を見ればクラゲーーいや、彼の弾だ。

 「・・どこへ行く、キリ」

 いつもより冷ややかな声に、全身が粟立つのを感じた。震えながら振り向けば、凍てつくような視線を投げかけるハイレインがいた。

 「・・私、帰りたいの、あんなところ、いたく、ない」

 やっと絞りだせた声でそういえば、彼はふといつものあの優しい顔に戻った。

 「すまないな、キリ。君の能力は危い。俺は反対したが周りはきかなかった」

 こつこつとこちらへ迫るハイレインから逃げるように後退する。彼とその仲間だけはいつだってこの世界で唯一優しかった。それでも。

 「いや・・だ!」

 ぐっと手足に力をこめれば、床のクラゲは光となってキリの元へ吸収される。壊された右足も治るーーが。

 「キリ!」

 視界がぐらっと揺れる。いつもそうだ、この力を使うと意識が保てなくなる。
 ふらつく体で無理に立とうとするも、足を滑らせて一気に体は浮遊感に包まれる。キリを引き寄せようとしたハイレインの手は空を掴んだ。
 ぼん、と玄界に送り込まれる途中のトリオン兵に着地する。ハイレインの姿が遥か上のほうに見えた。

 (予定とは・・違うけれど・・)

 霞む意識の中、キリは思い出す。ここに攫われる前まで過ごしたあのいつもの風景を。

 「やっと・・」

あなたの隣に帰れるねーー悠一。











 「おーし、これでおわりっと」

 いつも通りにゲートから出てきた近界民を倒し、迅は伸びをする。
 帰っていつもの菓子でも食べるかと考えつつ、近界民の残骸を避けながら大股で歩いているとふと、視界の端に何かがうごめく。

 「・・?」

 警戒しつつ、近づけば近界民の残骸から突如人の手が這い出す。

 (まさか・・)

 駆けつけた時には一般市民はあたりにいなかったし、周りへは細心の注意をはらっていた。慌てて駆けつければ、そこには自分とあまり変わらない年頃の少女が倒れていたーーいや。

 「! キリ!」

 最後に見た時よりも随分大人っぽくなっているが、間違いない。
 迅は必死に近界民の残骸をかき分けて彼女の体を引き寄せる。力のないそのか弱い体をそっと、まるで壊れ物を扱うように優しく抱き上げる。

 「・・やっと、会えたな」

 感傷に浸るのは後だ、ボロボロの彼女を抱え直すと迅はいそいで玉狛支部の基地へと急いだ。


  
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