03
キリが大怪我をした
要約するとそんな話だったと思う。動じるな、落ち着け、落ち着けと体に命じつつも医務室への足は速く動いた。
キリ、と彼女の名前を呼ぼうとして唐沢は動きを止める。出水の腕の中にいる彼女は、年相応でとても幸せそうに笑っていた。
思えば、彼女はいつだって彼らの隣では自分には見せない笑顔で笑っていた。スーツのポケットに入れたままにしていたあの鍵が、心なしか重くなったような気がした。
彼女のいるべき場所は、自分の隣ではない。
よくよく冷静に考えればそうだ。初めから何もかもがちぐはぐだったのだ。そのちぐはぐを見て見ぬふりをしてみればどうだ、彼女はこの有様だ。
「おや、私も邪魔だったかな」
唐沢に気付いた出水は、冷たく唐沢を見据えた。
「いいえ、どーぞ。おれらはちょっと出てくるんで」
心なしか、乱暴に閉められた扉の音を聞いた後、ゆっくり彼女に近付く。
「唐沢、あのね、」
これはね、と彼女は目を泳がせる。唐沢はその言葉の続きを聞くことなく、鍵をキリの前に差し出した。
「これ・・何?」
「本部の、とある一室の鍵だ。・・いや、今日から君の部屋となる鍵、だな」
「は・・?」
どんどん彼女の顔から表情が消えていく。そんな彼女から、逃げるように唐沢は背を向けた。
「では、私はこれで。この後仕事があるのでね」
「ま、待って!」
ギュッとスーツの後ろを握る彼女の手は震えていた。
「なんで? 私、あそこにいたい、お願い唐沢・・」
振り向くな。振り向くな。
「・・君はトリオン量が平均的な量より多い、そう聞いた」
「ば、バカじゃないの! そんなの平気ーー」
彼女を、突き放すのだ。彼女の、ために。
「本部にいた方が、君は安全だ」
「唐沢っ・・!」
そのまま、彼女の手を振り払うと医務室を後にした。
いつものマンションの自室に帰って乱暴にスーツを投げるようにソファに掛けると、そのまま腰かけた。部屋は、彼女が来る前と同じように、静寂に満ちていた。
防衛任務があるらしい米屋と別れて、出水は二人分のジュースを買うと医務室に向かう。
唐沢がまだいるのかと思うと、なんとなく足取りは重かったが、いざ帰ってみると彼の姿はなく何故か泣きじゃくるキリがいた。
「おい、キリ」
「嫌いだ、嫌いだ、トリオンとかいうやつも近界民も・・!」
いつもはつんとしていて、誰かに弱い面を見せることを嫌うキリが人目を気にせず泣いていることは異常だった。
ジュースをベッドの傍のテーブルに置いて出水はキリの背中を優しくさすった。
「キリ、」
「これのせいで、お母さんも唐沢も離れていくんだ・・っ・・!」
耐えきれなくなって、出水は泣き喚くキリを抱きしめた。キリは、一瞬体を強張らせておずおずと出水の体に腕を回す。
「・・なぁ、キリ・・おれは、離れないから」
少し体を話して彼女をじっと見据える。
「いず・・み・・?」
「おれじゃ、ダメか?」
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