04
「それでは、失礼します」
一礼して部屋を出る。堅苦しい交渉の場から解放されたことに一息つきつつ、唐沢は足早に帰路へとつく。
確か、マンション付近に近界民が出たはずだ。強がりながらもぐずぐず泣くキリを思い浮かべーー
(・・って、何を考えているんだか)
思わず苦笑して足を止める。ボーダーからの近界民出現の連絡にひやひやしたことはなかった。ましてや、自分の家の近くだとしても、あぁ、また買えばいいと思うだけですんでいたくらいだったのに。
(こりゃ・・流石に疲労もバカにならないな)
徐々に彼女のペースに呑まれているーーそんな事実から目をそむけるように、唐沢はかぶりをふった。
「・・で、質問していいか」
「五文字以内なら」
「これは何だ」
「シチュー」
帰ってそうそう、唐沢は心配するべきは自分の胃だったと後悔する羽目になった。
明らかにおかしな色の固形物のそれに、自然と頬が引きつる。対するこのシチューもどきを作ったキリは依然として唐沢を睨んでいる。これを食えというのか。
「・・シチューはもうちょっとさらさらしてて色が白いものだと思ってたが」
「うっさいわね! 私がシチューだって言ったらシチューなの!」
「はいはい、美味しそうなシチューをどうも」
(それにしても、なんでいきなり手料理なんか・・)
渋い顔の唐沢を見かねたキリは、ばっとシチューの皿を取り上げる。
「おいおい、まだ食べーー」
「・・いい、捨てる」
「捨てるって・・おいこら」
あぁ、もうすぐこれだ。
キリから皿を取り返して、初めて料理と共にキッチンもひどい有様になっていることに気付く。
「おまえなぁ・・」
ここまでくると何も言えない。目の前のキリは俯きがちにぼそぼそ呟いた。
「だって、料理とか初めてだったし、なんかいろいろ使い方分からないし、近界民に追われてて買い物忘れ・・」
「・・なぜ部屋にいる西条が近界民と出会う?」
聞き捨てならない一言に、唐沢はじりじりとキリに詰め寄る。少し一緒に過ごして分かったのは、強がる割にキリは押しに弱い。
「うっ・・そ、そんなの、私の自由にさせてよ」
(確かに出るなといって、はいはいそうします、とはいかないとは思ってたが)
唐沢は少し溜息をついてシチューらしきものの皿を持って席に戻る。
「無事なら契約に関わらないからいいとしても・・とりあえず、キッチンだけは片付けておいてくれ」
「・・分かったわよ」
そう言いながらも、キリはチラチラこちらをうかがい見ている。態度はやたら大きく、平気でこちらを振り回す癖に、こういうところで弱い。内心苦笑いしつつ、思い切ってシチューらしきものを口に運ぶ。
「・・見た目の割には味は悪くないですよ」
そういえば、
「決まってんでしょ! 私が作ったんだから!」
(素直にありがとうもいえないのか・・)
「・・でも・・」
「?」
キリは目を泳がせ、真っ赤になりこういった。
「よ、よかった、口にあって」
これがキリの精いっぱいらしい。思わず唐沢は笑った。
「なんだ、最初からそういえば多少は可愛げがあるのに」
「う、うっさいわね! いいから黙って食べなさい!」
そういえば、他人が作った料理自体久々だったなと思いつつシチューを再び口に運ぶのだった。
(これはこれで悪くない・・か)
この時から、着実に唐沢の生活も何もかもこの不器用少女のペースにのまれつつあった。
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