「ただいま帰りました」


扉を潜れば、少し前に帰っていたであろうレンが壁に背を預け、腕を組んでいた。伏せていた睫毛が持ち上がり、覗く瞳は海の色。荒れ狂うような、海の色だ。それに鋭い眼光が色を差す。目に見て判るほどに、不機嫌の様子だった。


「………おかえり」


春歌に向けるいつもの甘さは何処へやら。すっかり影を潜めていた。無論の事ながら、其れに気付かない春歌ではない。靴を脱いで並べると、おずおずとレンを見上げて、指をもたつかせる。


「あ、の、……すみませんでした」

「……それは、何に対する謝罪かな」

「…肩、とか…その…」

「…うん、そうだね」


徐にレンが近付いてきて、身を屈める。肩口辺りまで近付く頭。春歌の肩に深い蜂蜜色の髪がかかった。


「…っ」

「香水の匂いがする。…アイツの?」

「……レンさんだって、女の人の匂いがします」


今日は、ドラマの打ち上げパーティだった。このドラマには、主演ではないが神宮寺レンも出演し、BGMには七海春歌が抜擢されていた。


「、…ごめん。…でも、ハニーは、」

「え、…あっ、」


ぐい、と細い腕を引いて歩き出す。早足のためひどくコンパスの差が生まれ、春歌が軽く駆ける形で引かれていく。行き着いた先は寝室。其処にある寝台に少々手荒く春歌を投げ込んだ。高い声を短く鳴らした春歌の身体がスプリングで跳ねる。シーツに投げ出された下肢に跨がるようにレンが寝台に上がり、春歌の身を包むコートに手をかけた。ひとつ。またひとつ、ボタンが外されていく。


「俺にもうひとつ、謝ることがあるんじゃないの?」


ばさり。コートの前を広げて、開け放つ。

「…あ、」

「この服、どうしたの。こんな大胆な服、君は買わないよね」


中から現れたのは、ワンピースタイプの薄い桃色の服。


「これ、は、…」

「アイツから貰ったんだろう?」

「…っ」

「わかるよ。アイツの目を見れば」


――すごくいやらしい目で見てた。君のこと。

骨張った大きな手が首筋から胸元までを撫でる。もどかしいような刺激から逃げるように細い腰がくねる。が。レンが其処に腰を下ろしている為、それは許されなかった。


「あの…っ!昨日、着てきてって渡されて…断る前に行ってしまわれて…その…」

「だからって、着ることないじゃないか」

「受け取って、しまったので…さすがに着ない訳には…いかなくて…」

「…そうだね、君はそういうの、断れる子じゃなかった。でも、俺と前に約束したよね?他の男から物は貰わない、って」


――俺との約束を破れる子じゃないと思ってたんだけどな。

そう言ってレンは息を吐く。


「レンさ、…」


突き放されたような気がした。
じわり。明るい色の瞳に水の膜が張る。軈て、目尻を伝うように滴り落ちた。
すがり付くように、小さな手が捕えたのは、逞しい腕。


「そんなに胸開いてて、丈も短くて、」


言葉に合わせて、春歌が掴んだ腕とは逆の方の手が胸元を、足を、緩慢な動きで撫で上げる。


「…っ」

「男が服をプレゼントするのは脱がせたいから、とか、聞いたことあるかい?…そんなに、アイツに犯されたいのかな」

「ちが…違い、ます…レンさ…ごめ、なさ…っ!ごめん、なさい…っ


ぼろぼろと、日だまり色が似つかわしくない雫を溢す。レンはそれを拭うことをせず、無言。彼の両手は静かに春歌の胸元の衣服を掴み上げ、ぐっ、と左右へと力を加えた。派手な音を立てて布が裂かれる。繊維が詰まれば歯を使ってやれば、また、軽快に破れた。


「やっ…レン、さんっ」


頭を振れど止まらず、裾まで裂けきったところで漸く不快な音が止まった。
レンは髪を掻き上げ、耳にかける。左手で顎を捕えて唇を落とした。それは呼吸を奪おうとするような、荒々しいもの。何度も角度が変わって、耳にかけたばかりの明るいブラウンがぱらぱらと、シーツに散った。
右手は背中に回って器用にホックを外し、下着を取り去る。下肢のそれも取り払われた。そして露になった秘部の割れ目を性急に擦り出す。時折陰核をも撫で上げて、春歌の興奮を促す。だが、一度たりとも、それが中へと埋まることはなかった。


「んっ…ふ……っんん、」


漏れる声は殆どがレンの口内へと消えていく。
脳が、酸素を求め始める。くらくら、くらくら。意識が、浮遊。

レンの指がぬるついた感触を覚え始めた時、漸く唇が離れた。浅い息を繰り返す春歌をそのままに、レンはジャケットと、シャツを乱暴に脱ぎ去る。身を乗りだしベッドサイドの棚から素早い仕草で箱ごと取り出した避妊具。ひとつだけを手に取り手放すと、シーツの上にばらばらと箱の中身が溢れた。
ベルトを抜き取って前を広げたレンは自身にそれを装着すると、中を慣らさないままの彼女を、一息で。貫いた。


「う、…あっ、ああ…っ!」


レンの形を覚えきった身体と言えど、いきなりの侵入を拒むように動いた。甘い痛みがじくじくと響く。奥まで届いた熱は、容赦なく暴れだす。奥の奥まで抉るように、何度も送り込まれて。背中はしなり、頭は真っ白になっていった。

不意に。
ぴたりと動きが止まって、大きな手が甘い髪をゆっくり撫でる。
これでもかと言うほどに力を込めて閉じていた春歌の目が、これまたゆっくり、開く。その瞳が写したのは。
――ひどく哀しげな表情だった。


「…こう、なっていたかもしれない」

「レ…さ、」

「あのレディが、春歌を連れ出してくれなければ、君と、アイツが、こうなっていたかもしれないんだ…っ」


会場で。
不必要なほどの近距離で春歌の肩を抱えていたドラマの選曲担当者…春歌の仕事相手。それを見たレンの表情がどんどん暗いものに変わっていって、沸々、湧き上がったのは、怒り、焦燥…。それに気付いた共演者、渋谷友千香に、帰りなと促された。その後に「春歌も直ぐ帰すから」と付け加えて。
本当なら。自分が、春歌を引っ張って帰りたかった。「俺のだ。触るな」…そう言って。しかし、レンの立場がそれをさせない。早乙女との、世間にバレないようにという約束が酷く重くのし掛かっていた。彼女の言葉に、甘えるしかなかった。悔しかった。


「真っ直ぐなところも、真っ白なところも、全部愛してる。愛してるけど、もっと…警戒心を持って欲しい…無防備過ぎて、心配なんだ…」


慈しむように春歌の右手を取って、唇を寄せた。手の甲で弾けるリップ音。
右手は返されて、ふわりとレンの頬を包み込む。


「泣か、ないで…ください」


震える声でそう言われて、レンははじめて知る。自分が泣いていたことを。自分の涙はそのままに。あたたかい右手が懸命にレンの涙を拭った。


「は、るか…」

「ごめんなさい…わ、たし…全然、駄目で…。…レンさんに、心配、とか、迷惑ばかり、かけて……でも。お願い、ですから、」

――私を、捨てないで。

レンは目を見開く。そして、気付いた。泣き出した時の、春歌のこと。


『俺との約束を破れる子じゃないと思ってたんだけどな』


はじめて口にした、軽蔑にも取れる言の葉。それが、深く突き刺さってしまっていたこと。


「春歌…っ、」


震える体を包み込んだ。


「…嫌、です。捨て、ないで…。…ごめんな、さい…っ…もう、約束…破ったりなんか、しま、せん…だ、から……っ」

「捨てたりなんか、するわけがない…!ごめん、俺、酷いこと言ったね…それに乱暴に、怖がらせることも、した…許してくれ…春歌…っ」


より一層、強く、抱き締めて。それに答えるように細腕がレンの背中に回った。








十万打企画フリーリクエスト/なおさん。
これの二人で独占欲嫉妬裏」





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