猫を殺すような



グラッジドルフ号の一員として認められて、大分経つ
前線には立てない(というか、船長に立たせて貰えない)ぶん、今日も今日とて船の雑用を頑張っている
暗く長い廊下にモップ掛けをしていると、ふと扉の隙間から差す光に目がいった
普段掃除している際には閉ざされていたその一室が、珍しくそのドアをひらいているのだ

…掃除のついでだし。悪どくあがる口角を押さえ、私はその部屋に足を踏み入れた

「わ、ぁ…!」

目を疑った。これが船の一室かと
偽装目的のモップは早々に手離し、入り口に立てかけ、私は部屋の奥へ
大きな天窓から差し込む日光はキラキラと輝き、まるで別世界のよう。そしてその、日光の恩寵を受け美しく咲き誇る、鮮やかな草花。これが、あの、魔術師と呼ばれる男の船の一室か?
浮かんだ疑問は、妖しく燻る花の香りに押し流されてしまう
異国情緒漂う世界、その中でも特に私の目を引いたのは、いっそ控えめにすら見える、花の付けてない小さな木
枝の先には、黄色や緑の小ぶりな果実がなっている


花の香りのせいか、艶めくその果実のせいか
私は、誘われるように、枝先の実に手を伸ばし───


「ッ、何を、している…!」
「うわッ!?」

指先が果実の表皮に触れようとした寸前、思い切り手首を掴まれ力強く引っ張られる
突然の事に足がもつれ、身体は船長のもとへ収まった
この状況に困惑し、手を引いた主の方へ恐る恐る向き直ると、あの人間味の薄い表情に焦りの色が濃く写っている
しかしその朱殷色の瞳は、私の背筋を凍らせるよう

「何をしていると、聞いている」

改めて同じ問いを繰り返す彼の声色は、平静を取り戻したようだが、普段の声色よりも冷たく、おそろしい

「あ、の…ごめんなさい、珍しく、開いてたから…」

彼の目に、声に、すっかり縮みきってしまった私は、自分でも情けないと思う声で答えた
船長はわずかに沈黙すると、空いている手をゆっくりと動かした



───叩かれる

私はその覚悟で、ぎゅっと、眼を瞑る
しかしいつまで経っても痛みは訪れない
その代わりに、背に回される腕の感覚と、密着する身体

抱き締められている

「…いや、すまない。おれの不始末だ。事前にこの部屋について、警告しておくべきだったな」
「え…?」
「この部屋に咲いている植物は皆、毒草だ。触れるだけで身体に害を成すものもある。ナーシャが触れようとしたソレも、そうだ…。」

ぽんぽん、私の手首を離した船長の手が、私の頭を優しく撫ぜた
撫ぜながら船長は、この果実は最悪、命にも関わるような毒を持つと教えてくれた

「だが、これを機に覚えておいてくれ…」



───好奇心は猫を殺す、と

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