私の好きなヒト(1/7)
タレントとして、神堂春プロデュースの歌手として慌ただしいスケジュールをこなす中。
一番忙しくなる年末年始の前に、マネージャーの山田さんがどうにか確保してくれた丸一日のオフ。
久しぶりの休日に、何となく思い付いて街に出た。
一応、変装のつもりでニットの帽子とフレームのある眼鏡をかけてみる。
それから、この前買ったばかりの淡い色合いの紫色のマフラーをふんわりと巻いた。
私の今一番のお気に入りだ。
(冬は防寒と変装がいっぺんに出来るから楽なんだよね―)
平日の午前中なので、駅前も人通りはまばらだった。
クリスマスが近いせいか、ショーウインドーのディスプレイもいつもよりグンと華やかだ。
(あーあ、クリスマスかあ。お仕事で忙しいのは分かってるけど………夏輝さんとちょっとだけでも一緒に過ごせないかな…。なーんて絶対にムリだろうけど)
ひそかに想いを寄せるJADEのギタリスト、折原夏輝さんの優しい笑顔を思い浮かべると、胸の辺りがあったかくなる。
(やっぱり、好きだなあ。夏輝さん……。お仕事以外でも、会えたらいいのになあ……)
色とりどりに光るイルミネーションを見つめながら、ため息をついた。
「うーん、どこかお店に入ってみようかな…?」
小さく呟いて辺りをグルッと見渡した時、少し先の路地を入った所に楽器店があるのに気が付いた。
「知らなかった。……あんなトコに楽器屋さんあったんだ………?」
しかも、この時期は、街全体がクリスマス一色に飾り付けられているのに、そのお店には装飾らしいモノは一切見られない。
私は、好奇心と珍しい物見たさでそのお店に入ってみる事にした。
カラカラン。
扉を開けると、軽やかなベルの音が店内に響いた。
お客さんも店員さんらしき人も、誰もいない。
「こんにちは〜……」
一応、お店の奥の方へ声をかけてから店内を見渡した。
どうやらCDやDVDはほとんどなくて、ギターやベースなどの楽器やアンプ、スコアなどバンドマン向け専門の品揃えだ。
それも、楽器にさほど詳しくない私でも知っているような有名メーカーの物までが、ずらりと並んでいる。
(うわぁ……スゴイ…。あ、あのギター、夏輝さんがこの前ライブで使ってたのと似てる………)
「………いらっしゃい」
「きゃぁっ!」
すっかり楽器を見るのに夢中になっていた私は、突然後ろからかけられた声に本気で驚いてしまった。
「あ、ゴメンナサイ。あのっ私…………」
店員さんらしき人の声に、私は慌てて謝りながら振り返った。
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