きみがとなりにいる(1/3)
「なあちとせ、いつも取材受けとる雑誌の企画なんやけどな‥‥‥エッセイ、なんて書いてみる気ぃあらへんか?」
始まりは、まだ残暑が厳しかった頃の佐藤さんのこの一言だった。
10月に入って、だいぶ涼しくなったある日。
スタジオでの練習を終えた私は、晋平さんと一緒に彼のマンションにやって来ていた。
私と晋平さんのオフが重なる事なんて滅多にない。
その滅多にない日の前日の夜だっていうのに。
私は今、晋平さんのマンションのリビングで頭を抱えていた。
「‥‥ちゃん、ちとせちゃん?」
「え?‥‥あ、晋平さん」
私は、晋平さんの声にハッと我に還った。
テーブルにノートやら資料を広げたまま、いつの間にかボーッとしてしまっていたらしい。
「‥‥‥‥‥‥」
私を見つめる彼の目が、心配そうにスッと細められる。
「ちとせちゃん」
「え?」
「それ、例のエッセイだよね? 大丈夫‥‥じゃなさそうだね、むしろ煮詰まってる?」
「う‥‥‥」
図星を指された私がちょっとだけ悔しくてプイっと顔を背けると、晋平さんがしょうがないなと苦笑する気配がした。
同時に、その大きな手が私の頬に添えられる。
「まだ、締め切りまで時間はあるんだろ? あんまり固く考えすぎると、何も書けなくなるよ?」
「そんな事言ったって‥‥」
彼の手に少しだけ上向かされた私がまだ拗ねた顔のままでいると、晋平さんは突然私のオデコに自分のそれをコツンとぶつけてきた。
「コラ」
「!?」
驚いてとっさに体を離そうとしたけれど。
いつの間にか、腰にまでしっかりと回されていた彼の腕はそれを許してはくれなくて。
「ちとせちゃん‥‥‥‥‥分かった?」
「っ!!」
口調は穏やかだけど、有無を言わせないその目と態度に私はコクコクとうなずいた。
すると晋平さんは満足そうに笑って、ようやく私を解放してくれた。
「ちとせちゃんて、本当にからかいがいがあるよね」
「晋平さんっ!」
‥‥‥むくれる私とは対照的に、晋平さんはとても、とても楽しそうだった。
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