「東京の冬って寒いんだね。」
隣の席になってから一言二言会話するようになったあの子は今年の春北海道からここへ来た。
高2で転校なんて大変だなくらいにしか思ってなかったけれど、駅前のコンビニでバイトしている姿と先生に苗字を呼ばれているのに他人事のようにボーッとしていて、何度目かで気づいて返事をしている姿をみて確信は持てないけれど、もしかしたらそういう事なんじゃないかなという予想はできた。
北海道より東京が寒いなんてことあるはずないと思いながらゲームのスタミナ回復を待つついでに調べてみれば根本的に建物の作りが違っているらしく寒いと感じてもおかしくはないらしい。

今日の部活はミーティングだけで解散となった。
ゲームがなかなか攻略できないから一緒にやってくれとクロに言われたのにクロは担任に呼ばれたとかで「少し待ってろ」と言われた。
外で待つには寒すぎる。かと言ってせっかく綺麗に部活が休みの日にまで部員と顔を合わせている必要も感じず仕方なく自分の教室に向かえば自分の隣の席で机に付している人物がいた。

僕の気配を察知して顔を上げたあの子の目は腫れて、頬は濡れているように見えた。

「ごめん、邪魔だった?」
『こ、孤爪くん。ごめん!こっちが邪魔だったよね。何かでこの部屋使う?もう、帰るから。』
「いや、僕もクロを待ってるだけだから。」

僕は静かに隣の席の椅子を引いて腰を下ろした。
そんな僕を見て、君はもう一度『ごめん』といった。

「見なかったことにするから、大丈夫。」
『そうしてくれると助かる。』
「なにがあったかも、聞かない方がいい?」
すると君はフゥっとため息をついて『ありがちだよ、振られたの。』
と言った。

『もうずっと、連絡が無かったから私だって終わったなってことは分かってたんだけど。2ヶ月ぶりに連絡きたら彼女が出来たんだってさ。俺らもうわかれてるって事でいいんだよなって。』

改めて言われるとキツイなって…。一応、クリスマスプレゼントも買ったのにね。
そういった君の左目からは新しい粒が線になって君の制服を濡らした。
僕はなんにも言えなくてカバンの中から使っていないタオルを取り出しても君に渡すことしか出来なかった。
そのタオルを受け取ると君はタオルに顔を埋めてついには嗚咽混じりに『北海道に帰りたい』と泣き出した。
僕は窓の外を見ながらこんな時なんて言葉をかければいいのだろうと頭を働かせた。
音駒バレーの頭脳だなんて言ってもらっているけれどこういう時にはまったくもって役に立たない。
隣でこっそりと君に恋心を募らせていた僕が、今いうべき言葉が見つからない。

しばらくすると君の嗚咽も勢いが衰えた。
やっと顔をあげた時、さっきよりはすっきりとした顔に見えたのは僕の気のせいなんだろうか。


『今年のクリスマスは彼氏も雪もないクリスマスかあ…。』
「雪?」
『わたしがいた街はね、12月24日の降雪率が94%なんだよ。あんなに邪魔だなって思ってた雪も今はなんか懐かしい。東京はどのくらいだかわかる?』
そういう彼女に首を横に振ってこたえると『0%だよ。30年、雪は降ってないんだって。』と悲しげに笑った。
『ありがとう、孤爪くん。』
「僕は何もしてないけど。」
『でも、ありがとう。』
洗って返すね、とタオルは君のカバンにしまわれた。そのタオルが君の柔軟剤の匂いになって返ってくる時に君と僕の距離は少しでも縮んでいるだろうか。そのタオルが戻ってくる時に下の名前で呼んでみてもいいだろうか。

例えば僕がサンタになら君が心から笑えるようにクリスマスの日に雪を降らせたい。
今年のクリスマス、君のサンタになる理由はまだないけれど、それでも君のために雪が降れと願うくらいは、許されるだろう。


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