どうせ稽古をすればせっかく可愛くくるんとカールしてるこのまつ毛も、透明感をウリにしているこのファンデーションも、秋色の赤を上品にくすませたリップも落ちてしまうのだろうけど私はこれをやめられない。

『もっと女の子を満喫できる隊で働きたいんだよう!!!!!!!』
「うるせー!グズグズ言ってねーで剣振れ剣。」
『やだよー。せっかく現世でネイルってやつしてきたんだから!ほらみて!』
「なんだよこれ、鼈甲か?爪に鼈甲とはなんとも理解できねーな。」
『いいの!かわいいでしょ!可愛いからいいの!ねえ弓親ならわかるでしょー?』
「ネイルとお揃いの鼈甲の髪止めがかわいいんじゃないの?まとめ髪が凝ってるね。美しいよ名無子。」
『でしょー?わかる?』
「お前ら稽古しろよ。」

「一角さん!次自分と稽古お願いします」の声に小さく「おう」と答えた一角さんは、小さくため息をついて私たちの方から目をそらして剣を振り始めた。
「じゃあボクも」なんて弓親も行っちゃうからきゅうにセンチメンタルな気分になってしまう。
はあ…私はなんて難しい人を好きになったんだろう。たまになんで好きなのか分からなくなる。でもこうして剣を振る後ろ姿を見るだけで胸が高鳴るのだ。
あー、一言でいい。たった一言でいいから一角さんの口から「可愛い」って聞きたい。それだけ。
それだけ聞けたら朝が苦手なのに、稽古すればどうせ落ちちゃうのに、今日はああしようこうしようって一角さんのために努力してるじぶんが報われるのに。

でもそういう事言わなさそうな所を好きになったんだよな…。
道場の隅で三角座り。頬杖を付きながらまたため息。我ながら本当に重症だと思う。


ああ、眠い。今日は早番だったからいつもより尚早起きだったんだよな…今日はいつもより化粧のノリがのくて今日こそはって思ったんだけどな…現世に駐在中の同期にわがままいって…ならんで…買っ……





「おい。おい、名無子!起きろアホ。」
『……一角さんの、バ…………っ!!!!!!』
「おーおー、稽古サボって居眠りこいた挙句に上官の悪口とは名無子も偉くなったもんだな、おい。」
『わー、わー!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさいーーー!!鬼灯丸始解しないで!!!!!!』
どれくらい寝ていたのかわからないけど道場の窓から見える空はうっすらオレンジ色。
もう隊員は誰も残っていなくて一角さんと私だけ。

「早くしろよ。行くぞ。」

そう急かされたから急いで立ち上がって死覇装の裾をポンポンっと正す。
言い方はきついのに、絶対に先に行ったりしない。そうだ、私は彼のこんなも好きだったのだ。

あんな格好で寝ていたから絶対にファンデーションはよれているに違いない。並んで歩くには少し恥ずかしい気もするけれどまあいいか、また明日からも頑張ろう。私はきっとこの人を嫌いになれないし、彼のために努力をしている自分も好きなのだ。

道場から隊舎までのほんのわずかな距離。時間にすればもっと短く感じるだろう。でもたしかに手に入れた2人だけの時間と空間に喜びをかみしめながら道場の鍵を締めてさあ戻ろうとした時。


「俺は……よ」


少し離れたところから彼がいう。
夕陽が彼の頭に反射してどんな顔をしているのかわからない。


「お前は髪、下ろしてる方が好きだ。」

『…!!え?なーにー?』


嘘だ。聞こえていた。「かわいい」って言ってもらいたかったけれど、こっちの方がずっと嬉しい。聞こえないふりをしたらもう一回言ってくれないかな。

「なんでもねーよ!ほら、早く行くぞ。」



きっと明日は髪の毛を下ろして一角さんのもとへいく。
いつか「お前が好きだ」って言ってもらえるその日まで私は……。



(頬が赤いのはチークのせいでも夕陽のせいでもない。)
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