ボクだって君くらいの年には少し年上の女の人を好きになったりしたよ。今思い出したってそれは一種の流行り病みたいなもので、そんなの彼女にだって見破られているから適当に遊んで適当に終わったよ。
だからキミからのボクへの気持ちはそういうものだと思って受け止めている。本気になって傷つくのは嫌だからね。
ただ少しばかり彼女が可愛いすぎるからずるい大人になりきれなくて、「じゃあせめて、1回で良いから私を抱いてください」と小さくつぶやいたキミの気持ちを汲んでやれなくて申し訳ない。いずれキミにもわかる時が来る。

「京楽隊長。」
おっとそんな怖い顔をしないで七緒ちゃん、と返すと彼女は顔色も変えずにこうつむいだ。
今日はサボらず仕事をしたじゃないか。これ以上の仕事は嫌だよ。
「これを届けたら帰っていただいて構わないので。」
もうすぐにでも帰りたいんだけど、そうつぶやいた時にはもう七緒ちゃんはいなくて頭をかきながらやれやれと言って歩き出した。

「そもそも隊長がサボってるから遅れた書類です。直々に謝ってきて頂かないと困ります」だなんて言われてもボクがこの書類を届けたらみんな恐縮しちゃって謝罪なんてあってないようなものだった。
どれどれ一杯飲んで帰ろうと行きつけの飲み屋に入ると、困った顔を浮かべた顔なじみの店主と見慣れた小さい背中の女が机に突っ伏している姿を見つけた。
まだ時間は19時を少し過ぎた頃。どうしたのかと聞いてみれば「夕方から来て泣きながら飲んで、今寝ています」との事だった。
ボクはやれやれ困ったなぁとため息をふぅっと付いてキミの会計を済ませ「また今度来る」と声をかけてキミを担いだ。

こんなふうになったのはきっと自分のせいだから。


昨日の夜、何度目か分からない告白をキミはボクにした。真っ直ぐに向き合う真剣なそれに「はいはい、ボクも名無子ちゃんが好きだよ。かわいい女の子はみんな好きだ。」とこれまた何度目か分からなくなるくらい逃げの一言を投げた。
いつもなら悲しそうに笑って「好かれてるなら良かった」と返すキミが「どうして…信用してくれないんですか?」とはじめてボクの前で泣いた。
ずるい。キミの涙に苛立ちながら「大人の事情も分かってくれ」と冷たく返した。

もう、自分がキミにどうしようもなく惚れていることは自覚している。ただボクがキミを選んだとしていつかキミも大人になる。その時ボクの前から去っていくのはきっとキミなのだ。年の差とはそういうものだっていつの時代もいっている。もう恋で傷つく自分を癒せる若さは失ってしまった。だからキミを拒絶した。キミは泣きながら「そうですよね、ごめんなさい」と笑ってボクの前から姿を消した。



泣きつかれて眠るキミをどこに連れていけば良いか迷って結局自分の家に連れてきてしまった。いつもの自分の寝床にキミが寝ている事実だけで体が熱くなる。それくらい、キミのことが好きになっている自分に半分呆れてた。
半刻ばかりすぎるとキミは目を覚まし、酔いの抜けない体を起こすとここはどこだとばかりにさんざん見回した後ボクの姿が目に入ったようだ。

『た、隊長……』
「そこに水があるよ。飲みなさい。」
『すみません。帰ります。』
と勢いよく立ち上がると良いで覚束無い足は体をよろけさせた。ボクはキミの腕をつかむともう一度腰掛けさせて「ほら、飲みなさい。」と水をすすめた。

『……優しくしないで。帰る…。』
「どうやって帰るのさ。そんな体で。それは我儘というんだよ。」


真っ赤に腫れ上がった目からは新たに涙がこぼれ落ちた。
『もう、好きって言ったりしないです。迷惑もかけないから……。だから』


"これ以上私のこと好きにならせないで"


そう言ったキミの震える体を見ていられなくて、ボクは強く抱きしめていた。
バカな子だよ。本当に。こんな小さな体でぶつかって、ぶつかる度に傷ついて傷つく度に泣いていたのだろうか。いじらしいね。
傷つけたのが自分だっておもうと尚更愛しくて仕方なくてボクは覚悟を決めた。

「もう降参。仕方がない子だね。」
ボクのその言葉の意味が伝わったのか細くて頼りない腕が背中にまわされる。

「何であそこで飲んでたの。」
『……忘れるつもりだったんです。
でも、もしかしたら。』

"最後にあなたに会えるかもしれないと思ったんです"


「まったく、適わないなキミには。」ボクはそうこぼして「一生離してあげないからね」と甘い呪いをかけた。




(確かに恋だった様/年の離れた彼のセリフ5題)
<<>>
戻る