"繋がる糸が結ばれないのなら "の続き




この人の考えてる事は良く分からない。最初から、僕が知ってるこの人の事なんてほんの僅かな事しかなかったけど。それにしたって僕には知らない事が多すぎた。好きだと僕の想いに応えてくれた唇で、終わりにすっか、なんて言ったり。もう終わりにしよう、と自分で言う癖に、心底傷付いてます、みたいな顔をする。冗談だって、僕が一番傷付いてるはずなのに。あんたにそんな顔された上に、別れを突きつけられてる僕はどうすればいいんだよ!って言えたらよかったけど。僕にはそんな事言える度胸すらなくて、やっぱりこの人の考えてる事は分からない。
「……何、考えてるんですか」
組み敷いたおじさんの腰を撫でる。ああ、と疑問系に近い声が微かに漏れるだけで、彼はまだ上の空に何かを考えていた。また僕と別れたいとか、そんな事だろうか。まあ、また断るまでですけど、言われると僕だって結構傷付くんですよ。そう、ぼんやりと思いながら、すりすり、と腰を撫でていた掌で骨っぽい指先を握り込む。条件反射みたいに軽く握り返される指先の動き。それにすら持ち上がってしまう口角を隠したくて、近づけた彼の唇を覆うように、そっと唇を重ねた。ちゅ、ちゅ、と囀る唇はかさかさと、と乾燥していて全くもって水分がない。このおじさんの事だからケアなんてしてるわけでもないだろうし。などと小言を挟んでやろうとも思ったが、引き寄せされる首筋の体温でそんな事もすぐに忘れた。
触れ合う唇が唾液で湿り気を帯びる。柔らかくなっていく皮膚を敏感に感じとりながら、隙間から見え隠れする舌先を捉えて、ちゅっと吸い付いけば、ひくり、と腰が震えるのが分かった。おじさんにしては弾力のある舌先が癖になる。唇だって濡れると堪らなく色っぽいし、ちくり、と髭の生えた皮膚は案外白いし。褒めようと思えば、幾らだって褒めるところなんてあるのだけど。気の利いた言葉は僕の唇から一つも出てくることは無く、ただただ、彼の唇を貪る事に夢中になった。はあ、と零れ落ちる吐息さえも勿体無くてたまらない。この人の身体から溢れ出すものなら全て飲み込んでしまいたい、なんて。僕、ついに病気になったかな、と自嘲しながら、塞いだ其れから唇を離して、息を上げた身体を掌いっぱいで撫で上げた。密着する身体が熱い。すでに溶けてしまいそうな程上がった体温が触れた場所から伝わって、無意識に吐息が漏れると、おじさんが、くすり、と笑う。瞬時に、眉間に皺を作る。もはや反射的でしかないその行為と「何ですか、」と呟く声に、おじさんは別に、と茶化すような軽い口調で囁いて、肌を滑らせていた掌を引き寄せた。前のめりになる身体が更に彼と密着して、肩に顎が収まる。すっぽり、と居心地の良いその角度にすりすり、と頬を擦り付けると、今度は茶化すような声とは違う、低めの声が、「バニーちゃん」と僕の耳を撫でた。
何ですか、などと言う声はもう上げない。この声質で言われる事はもう分かってたから。こんな声で囁かれる言葉なんて僕は一つしか知らない。いつもこんな声で僕に愛を囁くのに、その次には、冗談みたいに別れるか、なんて言って来る。僕の気も知らないで。このおじさんはどこまでも無神経に僕を逆撫でして、傷付けて、抉って、それでもこの身体を離したくないって言うみたいに、抱きしめてくる。本当はどっちなんですか、って言ってやりたい。笑って、傷付いてないフリをして、分かりました、別れましょう、って。おじさんが望むならそうしてあげたい。それなのに、いつの間にかそんな事すらも出来なくなってしまうくらい、僕はおじさんを愛して居たんだと思う。だから、この身体は離してあげられない。おじさんが何を言って、何を思おうと、死ぬまで僕は、この身体を離してあげられない。
「いやです、絶対いやですから。別れません。」
「…、まだ何も言ってねえだろ、」
でも言おうとしましたよね。そう顔を上げると、分かりやすいくらいにおじさんの顔色が変わった。この人は絶対に嘘の吐けない人だ。吐いたとしてもバレるタイプと言うか。僕はこの人のこう言うところに惹かれたんだ。だから分かる。おせっかいで、嘘が下手で、ヒーローである自分に誇りを持ってて、評価されなくても自分がしたい事をして、自由に生きて、そ自分の事より、他人を想う事の出来る人。僕は、この人がこういう人だから、惹かれて、馬鹿みたいに死ぬほど愛した。そして、多分これからも僕はずっとこの人の背中を追いかけて生きていくと思う。例えこの人が僕の前から忽然と消えたとして、もう二度と会えないと突きつけられたとしても、僕は死ぬまで。いや、死んだって、このおじさんの面影を探し続けるだろう。だから、思い出なんていらない。何が、俺と過ごしてきた日を忘れないでくれ、だよ。笑わせないで欲しい。僕は、あんたとの思い出が欲しかったんじゃない。あんたとこれから過ごす日々にしか興味なんて無いんだ。結婚なんて、子供なんて、家族なんて。僕がいつ望んだんだよ。僕は、僕は。
「あんたさえ、居ればそれでいいから。」
だから、だから、俺を見捨てないでください。縋りつくように吐き出された言葉は、情けないくらい震えてる。今にも、涙が溢れそうだった。それでも、僕がこの人から視線を離さない。何故なら、これが紛れも無い僕の本心だったから。約束された未来なんて、この人が居ない世界ではいらないから。そんな事も分からないあんただから、きっと僕も離れられないのだろうけど。それでも、泣きそうな顔して、もう少しだけな、って子供みたいに笑うくらいなら、認めてくださいよ。貴方の幸せが、僕の隣にあるって。僕と一生傍に居たいんだって。僕はもう疾うの昔に、気付いているんですから。
そしたら、僕も、今、馬鹿みたいに幸せな気分だって事くらいは認めてあげます。

(ねえ、だから、早く、)






この恋で終わりだから








「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -