やさしい痛みに愛されるの続き。




楓ちゃんに連れられて、初詣と言うモノに言ったのが三日前。持て余した暇を虎徹さんと一緒に「コタツ」って言うこの世の最終兵器みたいな恐ろしいモノの中で一日中過ごしたのが二日前。それに呆れた楓ちゃんに降り積もった雪の中、引っ張り出されて、僕と虎徹さんと三人で日が暮れるまで本気で雪合戦をしたのが昨日。そして、今日。まるでこれが日常みたいに緩やかに過ぎる時間の中、僕の部屋、として宛がわれたその部屋で閉められたカーテンの隙間から漏れる優しい光に目を細めた。うー、と唸り声を上げて、少しだけ窮屈な「フトン」の中でつま先を伸ばし、冷えた室内に肩を竦める。外には沢山の雪があって体験したことのない寒さや色んな物がこのオリエンタルにはあった。その事に何ら不満はない。沢山の初体験に心を弾ませて、とことん疲れるまでそれに没頭し、泥のように眠る。この三日間、そんな生活をしてきた訳だが最高に楽しかった。多分僕の人生の中で最高に。しかしあの人が隣に居ない夜を過ごすのはまた別の問題で、隣に温もりが無いと言う事にやはり慣れ、はないらしい。いつの間にかあの人を探してしまう、掌をあの人に似た温もりを持つ太腿の間に挟み込む事でどうにかこうにか誤魔化しては来たが。限界はいよいよ間近まで来ていた。虎徹さんを抱きしめたいって思う欲求が日に日に風船みたいに膨れ上がって行くのがよく分かる。まあ、膨れ上がったところでどうせ、あの人を抱き締める事はこの家では叶わないのだけど。せめて今日は夜中に一人寂しく自慰行為くらいはしてやらなくては、僕の身体が保ちそうにない。面倒な事に僕の身体はそうやって虎徹さんに作り変えられてしまったようだから。例えば、覚えたてのドラッグに酔う子供みたいに。虎徹さんに出会うまで人に触れることがどんな事か、知りもしなかった僕は完全に彼の温もりに溺れてしまっている。きっと出会わなければ今も知ることはなかったのに。手を出して初めて、そのドラッグがどんなに強烈で甘いモノか知ることになるなんてね。さすがに、僕でも予測してなかった。その上、ドラッグ本人は僕がこんな風にやきもきしてる事すら知らなくて、能天気にこの薄い壁の向こうで夢の中を彷徨っている。だから、今は何もかもが億劫になっても仕方ないでしょう?始まったばかりの今日を馬鹿馬鹿しい、と一日中この生温い「フトン」の中で過ごしてやっても、きっと許されるでしょう?規則正しく、時間を刻んでいく時計と清々しい程に澄む鬱陶しい空気と日差しは、再び惰眠を貪るには少し条件が悪いけれど。それでも夜中まではまだ時間があって、自慰するには早すぎる時刻に静かに目蓋を閉じるしかなかったから。僕は夢の中の虎徹さんに会いに行ってみる事にした。只今の時刻、AM6:53。


少しだけドアの向こうが騒々しい。幾つかの足音と、話し声。ガチャン、バタン、とドアが開いたり閉まったりする其れは遠慮なく僕を夢の中から連れ戻すと、数分も続く事無く、すぐさま静寂を取り戻した。相変わらず時間を刻む針の音は憂鬱に僕の鼓膜を揺らす。少しだけ高くなったのであろう木漏れ日も、今の僕は煩わしくて、大きく寝返りを打ち溜息を吐いた。
「……ふは、でっけえ溜息、」
幼さを残す笑い声に、開ける事を渋っている目蓋をゆっくり、と持ち上げる。しかし、眼鏡の無い視界は簡単には声の主の姿を映し出してはくれなくって、僕は子供みたいにあの人の名前を呼んだ。虎徹さん、虎徹さん、こてつさん。甘えた声色を恥ずかしげもなく囁き、懸命に伸ばした指先を宙に彷徨わせる。遠近感の無い其れは彼みたいにノーコンで届く事は無かったけれど。虎徹さんは優しいから僕を迎えにやってきて、柔らかく引き寄せたその指先で髭の生え始めた僕の頬をすりすり、と撫でた。そうして、幾らかクリアになった視界の中で探し求めていた笑顔を目の当たりする。それが最後、光に吸い寄せられる虫みたいに至極自然に、彼の唇に口付けて優しい温もりを分け合った。
ふわり、と仄かに香るシャンプーの匂いにとろける吐息。やみつきになるその柔らかさに、何度も唇を離しては口付けをする僕を諭すように、虎徹さんの指先が目元を辿り、鼻先に呼吸を感じるだけの距離で唇を離す。はふ、と小さく零れた其れ。彼はその甘さに微笑みを零し、そっと、僕の耳殻に肌を通わせると、静かに囁きを落とした。
「…楓と母ちゃん、今日はデパートに行くんだとさ。兄貴は運転手」
だから今俺たち二人しか居ない。と。今にも吐息で溶けてしまいそうな声は密着したお互いの身体に熱を帯びるさせる。容赦なく込み上げてくるような優しい眠気は僕を包んで、蕩けそうな目蓋を閉じるのを僕は止めなかった。きっと、虎徹さんの身体が熱すぎる所為だ。「バニーちゃん、バニーちゃん」と強請るような口付けが優しすぎる所為だ。全て、全て、虎徹さんの所為なんだ。と、虎徹さんの唇をむにむに、と受け止めたまま、僕の目蓋の皮膚を撫でる固い指先を探して、ぱくり、と口に含む。ダッ、と小さく唸った彼の声にふふ、と笑って、もう一度目蓋を持ち上げれば、天使みたいな虎徹さんが、少しだけ顔を赤くして、唇を尖らせた。
「あのさ、バニーちゃん。おじさんもう限界よ?この家、今俺らしか居ないわけ。んで、俺とお前ご無沙汰だろ?これの意味、俺のバニーなら言わなくても分かるよな?」
熱を帯びた首筋を小さく傾げた彼。その意味が分からない程、子供ではない。しかしながら、わがままに育った僕はもっともっと、彼の刺激的な言葉で弄んで欲しくて、また無知で無垢なフリをして。あなたの事を困らせてしまうんだ。踊らされているのはどちらか、僕か、彼か。それもまた、定かではない。
「…僕…言ってくれないと、分かりません。」
「……お前なぁ、…それ、本気で言ってんならぶん殴ってんぞ……」
わざとらしい、おっきな溜息の後、真っ直ぐなブラウンの瞳が少しだけ笑みを含んだ口元と一緒に僕の心臓を捉える。そうして直接、甘い蜜を流し込まれるみたいにその唇が囁かれた言葉はいち早く僕を馬鹿にした。
「お前に抱かれてぇって事だよ。」なんてまったくひどい人。それに加えて、「俺のバニー」などと囁かれてしまえば、ねえ?誰であろうときっと、一瞬でゴングが鳴ってノックアウト。KO負けだろうと僕は思った。

只今の時刻、PM12:16。現にノックアウトされた僕に残された道はこの四畳半の狭い部屋で「フトン」に包まり、彼の温もりの住人になる事くらいしか残っていない。







願わくばハッピーエンドで








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