無題




 春の暖かさを含んだ風が、さやさやと草葉を揺らしていく。
 寝転んだ礇の前髪も草花と一緒に揺れる。閉じられた瞼の上にふいに影が落ちた。

「こんなところでお昼寝?」
「……ああ」

 降ってきた声に、ゆっくりと目を開ける。春の陽射しを背負って、カザハが立っていた。眩しさに目を眇める。

「もう少しで踏むところだったわ」
「それは勘弁してもらいたいな」
「大丈夫でしょ」

 あたし軽いもの、と笑うカザハに溜め息をつきながら礇は身を起こした。頭を掻くと、パラパラと草が落ちる。
 その様子にカザハがまた笑った。

「やけにご機嫌だな」
「まあね」

 思ったことがつい口に出ていた。しまったと口を押さえたけれど、カザハは涼しい顔で頷いて礇の隣に腰をおろした。
 本当に機嫌がいい。よほどいいことでもあったのだろうか。

「気持ちいいわね」

 風がカザハの髪を揺らしていく。目を閉じてそれを受け止めて――カザハは勢いよく草原に体を投げ出した。
 ぎょっとしてそれを見下ろした礇に、カザハはまた笑顔を向けた。いつになく柔らかいそれが、何故か眩しかった。

「眠くなるのも分かる気がするわ」
「……ああ」

 ふっと笑みをこぼして、礇ももう一度寝転ぶ。柔らかな草の絨毯と、暖かな春の陽射し。
 微睡みと、のんびりした他愛もない話を繰り返す。なんてことないそれが、礇にはとても幸せなことのように感じた。

「どうかしてるな」
「今更?」
「……どういう意味だ」
「さあ?」

 風が笑い声を運んでいく。
 陽射しとは違う暖かさを感じながら、礇はゆっくりと目を閉じた。 


-------end
和泉さま



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