それをお約束と呼ぶのです
本やファイルが隙間無く並べられた棚が半分以上の空間を占める資料室。
一般生徒が近寄ることのないそこに二つの人影があった。“一般”の生徒でない彼女達は、ここの主と言っても差し支えないだろう。
「なあ、俺いつまでこれ支えてればいいわけ?」
「勿論、あたしの調べ物が終わるまでよ」
「ええー……」
当然のように返ってきた答えに、一応不満の声をあげてみたけれど、案の定何の返答もない。カズキはがっくりと肩を落とし、目の前の脚立に額を押し付けた。
かれこれ三十分は過ぎただろうか。もしかしたら一時間近いかもしれない。
「カザハー。必要な資料があるなら取ってやるから下りてこいよー」
「あんたに任せたら集めるだけで日が暮れるわ。黙って支えてなさい、愚か者」
「……はい」
これ以上何を言っても無駄だと悟って、カズキは口を噤んだ。悔し紛れにわざと揺らしてみようかとほんのちょっぴり思ったが、後が怖いと何とか踏みとどまった。
そして――大人しくなったカズキをちらりと見下ろしたカザハは、ようやく集中できると新たなファイルに手を伸ばした。
その瞬間、ふいにぐらりと視界が揺れて、カザハは手にしたファイルの一つを取り落としていた。
「うわっ」
分厚いファイルが床に当たった盛大な音と、カズキの悲鳴が重なる。その音と声で、カザハはハッと我に返った。
「危ねー……。気をつけろよ!」
「それはこっちのセリフよ。あんたがちゃんと支えてなかったせいじゃないの?」
「いや、俺はしっかり支えて」
「何か言った?」
「すみませんごめんなさい。何でもないです」
脚立の上から見下ろすカザハに、カズキは口元をひきつらせてかぶりを振った。手にした分厚いファイルが凶器にしか見えないのは何故だろう。
「……まあいいわ」
こっそり溜め息をついていたカズキは、ふいに大きく揺れた脚立に慌てて力を入れ直した。顔をあげてみれば、カザハが下りてこようとしている。
「少し休憩よ」
とん、と床に降り立ったカザハは、短く告げてさっさとソファーへと向かう。ようやく解放されたと安堵したカズキは、しかし続く言葉に再び肩を落とすこととなる。
「ほら、お茶は? 早くしなさい、愚か者」
「……はいはい」
重い体を動かしながら、カズキはソファーで寛ぐカザハにちらりと視線を送る。一度小さく首を傾げ、それから催促の言葉が飛んでくる前にお茶の支度を始めた。
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