How did he fall in love?


 森の中、である。立ち並ぶ奇妙に捩れた木々に、絡みつき垂れ下がる鮮やかな色の蔦。根元に咲く花もあまり美しい姿をしているとは言えず、明らかに場違いなビビッドな色彩を撒き散らしている。鬱蒼と茂る葉々が陽の光を遮って、唯でさえお情け程度にしか開かれていない道を更に歩き辛い物にしていた。
 そんな足場も視界も雰囲気も最悪な場所を、"軽やかに"走り抜ける人影がある。質素だがしっかりした造りの軽鎧、腰に差すのは手入れの行き届いた長剣。どこか幼さを残す顔に真剣な表情を貼り付けた茶髪の青年は、出来るだけ速度を殺さないよう歩幅を調整しつつも石を避け根を跳び枝をかわす。振り返る事無く走り抜けた後を追うのは草を踏む音と土を蹴る音――そして巨大な"何か"。

「うわわわわっ!」

 驚愕の声と共に森が開け、視界に映ったのは切り立った崖。"ギリギリ飛び降りられない高さ"に歯噛みしつつ、慌ててブレーキをかけて振り返る。そこに立っていたのは彼の身長の2倍以上はある、岩で造られた歪な人形の様なもの。

「ご、ゴーレム!? 嘘だろ!?」

 一般的に"ゴーレム"と呼ばれるそれは、基本的に自然には生成されるはずの無い物である。魔術を通して初めてかりそめの命を宿し、製作者の命令に絶対服従する使い魔。『術を解かないまま製作者が死ぬと、暴走し人を襲う』という問題点を除けば、ひたすら丈夫で頑丈で硬くて壊れにくい便利なシロモノではあるのだが。
 "『核』となる水晶体の破壊"がゴーレムを止める為の最善かつ最速の方法だが、その水晶体を破壊するにはそれを守る外皮の破壊が不可欠である。とりあえず剣を抜いて構えてはみるものの、見るからに頑丈そうな岩肌を割れそうな威力は期待出来ない。

「っ!」

 勢い良く振り下ろされた太い腕を青年は軽いステップで避け、そのまま大きすぎる懐に潜り込む。跳んだのは右足で。懇親の力で凪いだ刃は、ゴーレムの胴に浅い傷を刻む。そのまま胴体を蹴って取った距離すれすれの場所を、盛大に風を切りながらゴーレムの足が通り抜けていった。
 崖の淵と自分の踵との距離を見る。自分の爪先とゴーレムとの距離を見る。さっきの一撃で少し欠けた刃先と、その代償としてはあまりに浅い傷を見る。大きな体を揺らしながらゆっくり近づいてくる死の権化と、見えちゃダメな感じな人生の走馬灯を見る。
 母の顔、父の顔、不機嫌そうな妹の顔、友達の顔、初恋のあの子の顔、初めて剣を握った時の事、誕生日に貰ったプレゼント、苦戦した強敵、ギルドで力量を認められて嬉しかった事、そこで受けた任務、森に入った事、そして出た結論。

「……ダメかも?」

 振り上げられた腕、強化魔法がかかっているのが薄っすらと見える。横薙ぎ。避けるには遅すぎる。剣で受け止めようと構えるが、耐え切れるはずは無い。そのまま拳が体に食い込んで吹き飛ばされるビジョン。折れた骨が内臓に刺さって死ぬか、吹っ飛ばされた先の木にぶつかって死ぬか、出来れば楽な方がいいななんて考えた所で、何かが耳を掠めた。

「伏せて」




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