08
数日後、事務所で藍君のスケジュールを確認すると今日は家で作業をしているはずだと教えてもらっていた。すると龍也先輩が事務所に入ってきたのだった。




「なんだ葛城、お前ら仲良くなったんじゃなかったのか?」


「龍也先輩…それが色々と事情が。」


「どうせお前が美風を怒らせたんだろ?」


「う…」


「はぁ…あの馬鹿も元気ねーし、お前ら一体どうしたんだよ。」




龍也先輩は後輩である私達のことはずっとずっと心配してくれていた。
藍君と最初に出会った時も龍也先輩が一緒に居てくれた。本当に、龍也先輩は何でもお見通しなのだろうか、私に直接ガツガツ当たる剛速球を当ててくる。





「…嶺二が元気ないのは私の所為です。私が一歩進もうって言って嶺二を突き放す様なことしたから。」


「そうか。お前は頑張ったんだな。」




そう言って、私の頭をポンと触って大きな手で優しく撫でてくれた。
そう言えば、龍也先輩は藍君と最初に会った時に「一歩進め」って言ってくれてたっけ。
大切にしなくちゃいけない存在だったのに、私はいつも気を遣わせてばかりで自分が傷付けてばかりだ。




「藍君のお陰なのに、私…」


「寿も葛城も揃って馬鹿だからな。…葛城は頑張った。だから大丈夫だ。」


「龍也先輩…」


「美風の奴、昨日お前が作った曲ばっかりずっと聞いてたぞ。かなり辛そうな顔してたんだが、俺が口出しする問題でもないかと思ってな。ちゃんと、美風と向き合って来い、な!」


「うん…龍也先輩、ありがとう!!」





藍君に会いたかった。言い訳と言われようが、本当の事を全部話したかった。藍君が辛そうな顔をしているならば、その原因が私ならばどうにかしたかった。藍君には笑っていてほしいから。

事務所を出て、すぐに藍君の部屋へ向かった。


*******


「藍君、話があるの。」


「…キミもしつこいね。」




インターフォンを押すと、藍君が出てきた。ため息をつきながらも私を部屋へ招き入れてくれた。


藍君は私の隣に座って、「それで?」と話しやすいように相槌を打ってくれた。

私は愛音の事がきっかけで嶺二といつの間にか体の関係を持っていたこと。セフレ…と呼べるその関係をずるずる続けて愛音のことをずっと引きずっていた。綺麗な愛音を守れなかった汚い心と体を慰めあった。
嶺二には恋愛感情はなく、辛い思いをさせてしまったことを全て藍君に話した。

全て聞き終えると、藍君はため息をついた。
藍君が私との距離を縮めると肩を押されて、固い床に背中がついて冷たかった。




「藍…君?」


「愛音との記憶を綺麗に語って現実は肉欲だなんて最低。」


「っ…そうだよ、最低だよ…」




藍君の透き通った瞳が私を冷たく見下げて、最低だと綺麗な唇が震えながら動いた。
藍君がそっとスカートの裾を上げながら私の脚を撫で上げた。




「ヒロなんか嫌いだ。」




そう言って藍君が私の肩口に顔を沈めて首を舐めた。ふにふにと私の胸を揉みながら耳を舐めあげる。




「…あい…く…やっ…っ、あぁ…」


「ふっ…」




下から震える腕で藍君の胸板を押し上げると、首元から藍君が離れていった。
自嘲的にも取れるし、私を嘲ているだけにも取れる様に薄く笑うと、藍君は乱れた私のスカートの中に手を差し入れ内腿を擦った。
その綺麗な指が私を刺激し続け、パンツの中は洪水状態であろうことは否定しない。こんな時にすら濡れてしまう自分の躰が憎いと思った。
それでも必死に藍君を止めようと声を掛けた。




「っ!…藍君、やめてよ!!」


「…好きじゃなくてもできるなら、ボクもSEXしていいってことでしょ?それに、大好きな愛音と同じこの顔ならひろも嬉しいいでしょ。問題ないんじゃない?」



スパ−−−−−−−ンッッッ!!!!!



藍君の言葉に私の何かがプチンと音を立てて、気付いた時には藍君の左頬を思いっきりひっぱたいていた。
藍君の白い頬は紅葉が咲いたようにみるみる朱みを帯びた。藍君の大きな瞳が一層大きくなったかと思ったら、じっと私を見つめている…いや、睨んでいる。



「………」


「いやあぁぁぁぁぁあああ藍君!!!!!!ご、ごめん!!!!!!!!!!つい…」




我に返った私の脳内はアイドル美風藍を、綺麗な顔を、10代の少年をぶん殴ってしまったという罪悪感や焦燥感や色んなものが渦巻いて叫んでいた。そして謝りながら藍君の頬に手を伸ばすが、藍君はその手を掴みギュッと力を込めた。はち合う視線に耐えられずに俯くと藍君のため息が上から降ってきたのだった。




「ちゃんとボクを見てないのはどっちなの?僕はヒロを見てるよ。ヒロだけ見てる。」


「…」


「嫌いだ。ヒロの事なんか大嫌いだよ。」




うん、そう。藍君を愛音に重ねていたのは私だ。藍君は私の曲も、私自身もちゃんとみてくれていたのに。藍君を見上げると泣きそうな顔をしてまた私に「大嫌いだ。」と呟いた。
藍君の『大嫌い』が何度も何度も胸に突き刺さって痛かった。愛音を巡る呪縛からようやく放たれたと思った私をやはり愛音は許してくれないのだろうか。




「うん。嫌われて当然だよ…藍君ごめん。私が藍君にちゃんと見てって言ってたのにね…本当に最低だよ…」


「何で人間ってこんな面倒くさいの?グチャグチャになってよくわからない。」


「…ごめん。」




藍君の綺麗な瞳から涙が零れて私の頬に落ちた。
悲しみに歪んでいく藍君の顔はとても綺麗だけど儚くて、私は藍君を抱き寄せた。
すると、只々『ごめん』と言い続ける私の髪を撫でて藍君も私を抱きしめていたのだった。 




「こんなに苦しいのって何なの。鈍感で口が悪くて可愛くないのに何でヒロなんか…」


「でも私、藍君に出会ってちょっと変われたと思う。一歩進めたと思う。だから…ありがとう。」



「何それ。ボクなんかものすごく振り回されたって言うのに。」


「いや、振り回されたのは私もですけどね。」




しばらく抱き合っていたら段々と冷静を取り戻した脳みそが逆に沸騰しかけたため藍君を説得して何とかソファへと戻った。
藍君の悪態は止まらず、嶺二と私への愚痴は尽きることはなかった。
愛音、嶺二との件意外で色んな意味では私だって振り回された立場だと思うのに、藍君はため息をついて頭を抱え始めた。それを見た私はまた余計な事を言ってしまったと思い謝った。




「ごめん…」


「ごめん、嘘。嫌いだなんて嘘だよ。」


「藍君?」




嘘だよ、の言葉を口にした藍君は優しく微笑んだ。大嫌いと言いながらも私の髪を優しく撫でてくれた時、藍君は私の事を嫌いではないのだと確信した私は面と向かって先程の謝罪をする藍君に首を傾けた。むしろアイドルに平手打ち喰らわせた方がよっぽどの大罪だと自負しているのだ。
そんな私を見て藍君は怪訝そうに「ヒロと話してると調子狂うよ。」とまたため息をついた。ため息ばかりつかせてしまっていたから、私は「本当にごめんって。」とまた謝った。




「ボク以外の名前を口にして、ボク以外に頼ってばかりで、大人ぶって、口が悪くて、ガサツで抜けてるし、…なのに気になって仕方なかったんだ。…愛音なんて…嶺二なんて完全に忘れるくらい、ボクでいっぱいになればいいって思った。あの不思議な曲のお陰で、誰かを想うことを知ったんだ。」


「…」


「その誰かは、ヒロだよ。ヒロが好き。ねぇ、キミは?」




たた愛故に 私達は出会って、恋をはじめた。

答えは口遊む様に、囀る様に簡単に紡ぎだされた ただ愛故に。

fin
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