バタバタと廊下に足音が響いて、私の運ばれた病室の前で止まった。足音の主が誰かだなんて私にはすぐにわかる。
大好きな藍ちゃん。藍ちゃんが走るなんて珍しいけど、それは私がさせたことだ。
折角の記念日に私は何をしているのだろうか。
「はぁ…はぁ…ナマエ!?」
「藍ちゃん…ごめん。」
藍ちゃんが息を切らせて私に近付いた。不意に手を握られて、「ごめん」しか言えない。すると、藍ちゃんの綺麗な顔が怒ったような、泣きそうなような、困ったような、雲った顔をした。
「何でナマエが謝るのさ。」
「だって…お誕生日…」
そう、だって今日は藍ちゃんの誕生日。たぶん私の方が藍ちゃんよりこの日を楽しみにしていて、この日のために仕事を無理矢理詰め込んだ。その甘い考えが祟ったのか、高熱で倒れた私はスタジオで意識を失ったのだ。
こんなことになって藍ちゃんが喜ぶわけないのに、私ってダメだ。
案の定、藍ちゃんが立ち上がって私を怒鳴った。
「馬っ鹿じゃないの!!?そんなのどうだっていいよ!!」
でも、怒鳴っても藍ちゃんが私の手をきつくきつく結んでいてくれるからそれが余計に辛かった。
「えーっと、アイミー…じゃあ俺達はこの辺で失礼するよ。」
「そうだな、美風先輩も到着されたことだし、お暇させて頂こう。」
スタジオで一緒に仕事をしていた同期の二人はてきぱきと救急車に連絡したり、事務所や藍ちゃんに連絡をして藍ちゃんが到着するまで私のそばにいてくれた。
藍ちゃんの気迫に今まで黙っていた二人だったが、いよいよ空気が深刻になってきて、いい具合にピリついた空気をなだめた。
「レン、マサト…ありがとう。」
「いいよ。でもアイミー、弱ってる女の子を責めたらダメだよ。」
藍ちゃんが冷静になって、レンと真斗にお礼を伝えたから、私も続いてお礼を言った。ニコリと笑うと二人は“頑張れ”と目配せさせて部屋を出ていった。
「藍ちゃん?」
またシンとした病室に私と藍ちゃんが二人。口を開くとムスッとしたまま此方に視線がとんだ。
「何。」
「ごめんね、心配させて。」
でも、“何”って聞いた藍ちゃんは凄く悲しそうな顔だったからまた怒られるかもしれなかったけど抱き締めたくなって、私は藍ちゃんの胸に張り付いた。ドキドキした藍ちゃんの暖かい胸が心地いい。
藍ちゃんが私の背中に手を回して抱きしめ返してくれる。すうっと息を吸い込むと藍ちゃんのにおいがして不謹慎にも落ち着いた。
「ボクもゴメン、怒鳴って。でも…ナマエが倒れたって知って、どうにかなりそうだった。…ナマエが居なくなっちゃうんじゃないかって怖かった。」
「大丈夫だよ。」
藍ちゃんからの告白が嬉しかった。同じ気持ちなんだなってわかった。藍ちゃんはいつも真面目でもしも〜とか、自分の負の感情を上手く伝える人じゃないから、とても嬉しかった。
「大好きだよ。…ねぇ、ずっと傍にいてよ。誕生日プレゼントは毎年それがいい。」
「うん、もちろん。」
甘い約束が、優しさの慟哭のあと訪れた。
藍ちゃんハッピーバースデー!!