16-02
3月8日。
今日は「ミモザの日」である。
イタリアでは、FESTA DELLA DONNNA(女性の祭日)とも呼ばれており、家庭や職場など至る所で男性が女性にミモザの花を贈る日だ。
添える言葉は愛の告白でも良いし、日ごろの感謝の気持ちでもいい。
勿論、ボンゴレファミリーも例外ではなく、この日はファミリーの女性構成員たちには男性職員からミモザの花が配布される。
もちろん、ここCEDEFでも。
「いつもお世話になってます。こちら、どうぞ」
「わあ、ありがとうバジル!」
「いえ、なんのこれしき」
ミモザの花の、ふわふわの鮮やかな黄色に負けないくらい、愛らしい笑顔を浮かべる女性たち。対してバジルも、ミモザに負けないくらいの明るい笑みを浮かべて、女性たちに花を配っていく。
毎年3月8日、バジルには大役がまわってくる。
それは、男性職員から集めた金でミモザを購入し、女性職員全員にミモザを配布する、という仕事である。所謂、義理チョコレートならぬ、義理ミモザの配布、といったところだ。
昔は家光がその役を行っていたが、ある年に二日酔いでうっかりミモザの件を忘れてしまい、女性構成員から総スカンを食らったということがあった。
それ以降弟子のバジルがその役を引き受けたのだが、これがまた大好評だった。
「今年もありがとうねバジル」
「いえいえ、お世話になっているのはこちらですから!」
器量よし、笑顔よし、おまけに素直でかわいいとくれば、女性たちはメロメロだ。
3月8日だけはバジルの遠征任務を外してくれと女性職員たちから嘆願書も出るほどの人気ぶりに、家光が盛大に拗ねたのはここだけの話である。(その際、オレガノと美冬に自業自得だと言われ、家光が日本の妻の下へ泣いて帰ったことは、CEDEF内であまりにも有名な話である。)
「さて、これで全員配り終えましたね……あれ?」
手にしていた花かごの中には、まだ1輪のミモザが残っていた。
おかしいな、どこかに配り忘れただろうか、とバジルは手にしていたリストに目を通す。
総務部、戦闘員、調査員…全員に手渡したことを確認して、はっと顔を上げる。
「あ…またやってしまった……」
それは、今まさに潜入中の、幼馴染の分のミモザだった。
美冬が長期任務で日本に旅立ち、1年が経過しようとしていた。
だが、バジルにとっては未だに美冬がCEDEFにいないことが信じられない。
いつだって、外から帰ってきたら出迎えてくれた。
ぶつぶつ言いながら手当てをしてくれた。
そして、またバジルを送り出してくれる。
幼馴染であり同僚であり姉であり妹。
美冬は、バジルにとって常に一緒の、一番近しい存在だった。
そんな彼女が、今は異国の地でひとり潜入調査をしているのだ。
(……美冬も頑張っているのに、拙者がこんな状態だなんて、情けない)
任務から帰る時、ついつい習慣で美冬の分のお土産を買ってきてしまう。
ケーキを切り分ければ、一つ多く切ってしまう。
紅茶を用意するときに、彼女の分のカップも用意してしまう。
それどころか、先日修行中にうっかり壁を壊したところ、美冬の代理で入っていた経理係から大目玉を食らってしまった。今までは美冬がどこかから修繕費を積み立ててやりくりしてくれていたことに、改めて気づかされて、彼女の大きさを知った。
何度も彼女はいないと確認したはずだった。
けれども、身体が勝手に動いてしまう。彼女がいる体で。
「はあ…」
花かごの中で一輪寂しく揺れるミモザ。
自分が持っていてもしょうがない、家光のデスクにでも飾ろうか、とバジルは代表執務室に足を向けた時だった。
「あら、どうしたの?」
「あ、オレガノ」
廊下ですれ違ったのは、家光の秘書であるオレガノだった。