14-06




――記憶は、初詣の直前に遡る。


雑踏の中で、几帳面にも何を願うか悩みまくった柊美冬の頭の中に浮かんだのは、大変自分勝手な風紀委員長や、リーゼントの友人たち、毎朝一緒に走っている人の話を聞かないクラスメイトに、目の前の野球部員、図書委員とひねくれた常連さん、そして、優しい顔立ちの、柔らかな茶色の髪をした、ごくごく普通の男の子の姿だった。



そして、目の前にあった鈴を鳴らし賽銭を入れた美冬が漠然と願ってしまったのは。



(…この時間が、長く続きますように)



それは、CEDEFの潜入監視員としては凡そ不適切な願いであった。
イタリアには山ほど仕事を残し並盛に来たうえ、監視任務自体も満足いく成果を上げられているとはお世辞にも言いにくい。
しかし、そう願わずにはいられない。


これまで生きてきた小さな世界の中で築いた優先順位は、並盛の町に来てからというものの、彼女の中で崩れつつあった。


知恵は誰かを出し抜くためではなく、これからをより良く生き抜くために。

手を差し伸べるのは、あとで付け入るためではなく、助けたいと思うから。


CEDEFで身に着けてきた能力も、意識ひとつで活かし方が変わる。そんなの、マフィアとしては甘いし三流だということもわかっているけれど、それでも今があまりにも心地よかった。

なにより、山本武に「風紀委員会に染まってる」なんて言われてしまう程度には、この並盛の町に馴染みきっていた自分がいる。

それは、マフィアの美冬としては最悪で、並盛中2年A組の柊美冬としては、このうえなく倖せなことである。



「このままじゃいけないな…」
「んー?なんか言いました?」
「あ、いえ」




ついぞ出てしまった声に反応し、高いところから顔を覗き込まれ、柊美冬ははっとした。考え事をしていると妙に目敏い山本武にはすぐに悟られてしまう。考えることをやめた柊美冬は首を振り話題を逸らす。



「山本君の手は、あたたかいなぁと思いまして」
「そうかな?もしかしたら、心が冷たいのかもな」
「?」
「あ、先輩知らないっすか?手と心の温かさが反比例する話」
「初耳です」



柊が目をぱちくりとさせると、山本はにぃっと笑った。



「よく、手が冷たい奴は心が温かいって言うんですよ。だから、先輩は手が冷たくても、きっとハートはあったかいんじゃないですか?」
「……え」



CEDEFで常に敵対マフィアの粗を探していたような自分が。
利用できるものはすべて利用して、なんなら高利貸しのような真似までしたこともある自分が。

ハートがあったかい、だなんて。



(……馬鹿な)



なにか、美冬にとって得体の知らないものがこみ上げてくる。
それが何なのかわからず、困ったような、泣きそうな、なんとも言えない表情になってしまった柊は、慌てて口元を引き上げて真顔を作った。


「理論的じゃありませんね、却下です」
「え、却下!?」


苦し紛れに紡いだ言葉に、山本武は驚いた素振りを見せた。それでいい、と美冬は思う。彼女の葛藤など、彼には全く関係のないことだから。

美冬は、山本のあたたかな手を握り返した。刺さるような外気の冷たさを跳ね返すように、耳が、頬が熱を帯びていく。




ささいなことで情に絆されることが、最近多くなってきた。
こんなことでは、CEDEFに戻って元の仕事に戻っても、きっと、使い物にならないだろう。

それでも柊美冬は、この並盛での生活が出来るだけ長く続けばよいと願わずにはいられなかった。









山本武は言った。

初詣には、”自分じゃどうしようもないことを願う”と。





柊美冬は、神に願いたくなるほどにこの日常が好きだった。

そして、神にでも願わなければ、この時間が長くは続かないだろうということもぼんやりと感じていた。


山本武に引っ張られるようにして、美冬もまた、闇の中へ踏み出していく。







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