01-03
季節は3月の終わり。
薄青の空が広がる、穏やかな昼下がりだ。
そより、と春の風がバジルの頬を優しくくすぐっていく。
中庭に咲いていたミモザの黄色い花は、ふわふわと黄色の花弁をそよがせていた。
(なんで、何も言ってくれなかったんだろう)
昔からきょうだいのようにずっと傍に居たのに、今回の件は全く気付くことが出来なかった。美冬のような役持ちの人間が長期任務でCEDEFを離れる場合は、それ相応の手続きや引継ぎが必要だ。彼女が誰かと引継ぎなんてしていたら、すぐに目についてしまう。
つまり、彼女は意図的に自分からこの長期任務の件を上手に隠して事を進めていた、ということ。
「……美冬」
一抹の悲しさがよぎり、ついくしゃりと顔を歪めた時だった。
「…バジル、泣いてます?」
「ち、違います」
背後から聞こえてきたのは、いつもと変わらぬ美冬の声。
バジルは平静を装いながらそう受け答えするが、ついどもってしまう。
せっかくのティータイムを飛び出してきたばつの悪さから、振り向くことが出来ないままでいると、突然あたたかなぬくもりに包まれて視界が暗転した。
冷静な彼女らしからぬ、突然の悪戯にバジルが困惑していると、ひっそりとした声で美冬が語りかけてきた。
「私、バジルが任務に行くときに見送るの、あんまり好きじゃないって知ってました?」
「……え?」
突然の話題にバジルは反応できなかった。
「もう会えなくなったらどうしよう、これが最後だったら嫌だな、って思っちゃうんです」
「…それは知らなかった、です」
バジルが長期任務に赴く際、美冬はいつもCEDEFの入り口で送り出してくれた。
その際、「いってらっしゃい」と彼女は言うが、そういえばどこかよそよそしかったかもしれない。それが、まさか自分への心配から来ているとは。
その思いは、先程バジルが感じたものと同じだ。
美冬に何かがあったらどうするのか。
美冬への心配が膨れ上がって、何も言わずに勝手に長期任務を決めた彼女に苛立った。
(……なんだ、そうか)
すとん、と腑に落ちた瞬間から、すさんでいたはずの気持ちが一気に凪いでいく。
「拙者は、とても寂しいです。なんで何も言ってくれなかったんだろうと思いました。」
バジルがそう言うと、目元に当てられていた指先が、ぴくりと震えた。
結局、バジルに隠れて旅立ちの準備をしたのも、最後まで何も言わないままに旅立とうとしたのも、美冬が自分に心配かけまいと考えてとった行動だったのだ。
「でも、」
ゆっくりと両目を覆う指先を手に取って、外していく。
瞼を開ければ、3月の淡い光がバジルの視界に戻り、明るい中庭の様子が目に入ってきた。
手を握ったまま振り向けば、目隠しをしていた少女はすぐ後ろ。
その橙色の瞳には、大粒の涙がたまっていた。
「拙者が寂しいのですから、美冬はもっと寂しい……ですよね」
バジルがそう苦笑しながら言えば、美冬の瞳からは決壊した涙がほろりと頬を伝っていった。