14-04


食後しばらくして、図られたかのように絶妙なタイミングで山本からお茶を差し出された柊は、すっかりのんびりとしてしまった。余計なことはしゃべらないよう、さっさと帰ろうと思ったはずなのに、気が付けば山本の父親に乗せられておしゃべりをしている。


「へぇ、美冬ちゃんは図書委員長なのか。オマケに年上。武にゃ高嶺の花だな〜」
「な、なにいってんだよ!!」


やめてくれ、やめてくれ親父。
それではまるで俺が先輩のこと好きだって言ってるようなものじゃないか。
せっかくタイミングよく彼女に茶を出せてほっとしていたのも束の間、山本は自分が飲んでいた茶を噴き出した。一方の柊は困ったように眉を寄せ、はぁと呟く。


「高嶺の花ですか…。確かに最近、私の知らないところで気難しいとか、お高くとまっていると言われていると聞きました…。そんなつもりはないのですが、何故でしょうね」
「あーまぁ、怒ったらおっかねーのは事実なのな」


ぺらりと要らない一言を漏らした山本に、ぴしりと青筋を立てた柊が口を開こうとした時だった。



ぼーん。
ぼーん。
ぼーん。



いつの間にか窓から見える冬の空は、すっかり日が暮れていた。
店の時計が6時を告げ、気が付けば店内も照明がついている。時計の音に気を取られ、柊が何も言えずにいると、山本の父親がぱん、と柏手を打った。


「もうこんな時間か…今日はこれでお開きだな。」
「あ、はい。今日はありがとうございました、おじさま。」


柊は深々と頭を下げ、礼には礼を重ねた。
何せタダでごちそうしてもらったのである。


「いいってことよ。どうせうちの武がいつも迷惑かけてるんだろ?…おい武、送ってやんな」
「わかってるって、任せろ」


山本はてきぱきと外に出る支度をしたが、柊は頭を振って遠慮する。


「大丈夫です。近いので。」
「いや、女の子が暗い中一人で歩いちゃダメだろ。美冬ちゃんは嫌かもしれねぇけど、送らせてやってくんな。」


カウンターの外に出てきた山本の父親は、心配そうに柊の頭をぽんぽんと撫でる。そんなことを言われてしまえば、さすがの柊も断ることは出来ない。山本にも「俺も心配だから送らせてください」と苦笑され、柊は、大人しく山本に近くまで送ってもらうことを選択した。


「またおいで、美冬ちゃん。」
「はい、また改めまして御礼に伺いますね」
「いーっていーって」


気前の良い山本の父親は、息子そっくりににかりと笑い、手を振った。
柊は手早くコートを着て一礼するとその場を去り、残された山本も慌ててダウンを羽織り、彼女のあとを追おうとしたときだった。店を出ようとした山本の背中には、ひやりとした父親の声が投げかけられる。


「おい武、……妙なことするんじゃねぇぞ」
「し、しねえってば」


手にはギラリと怪しく光る包丁を持ち、父親は息子を睨みつける。山本はその迫力に圧され、逃げるように店を飛び出した。



がららら、ぴしゃん!








扉が閉まり、静まり返った店内で、はぁぁと父親はため息をつく。やがてカウンターに戻り、奥にあった折り畳みの携帯電話をぱかりと開けると、どこかに連絡を始めた。1コールもしないうちに電話がつながると、山本剛は「もしもし?」と口を開く。


「うちにも来たぜ、例のお嬢ちゃん」


電話先の男に、山本剛はそう告げた。


「寿司見て固まってたが、あの子に何吹き込んだんだ。……あ?寿司に感動してた?いや、まあやけに幸せそうに食ってはいたけどな。」


山本剛は、電話先の男が己の部下に対し、平然と偽りの日本知識を植え付けているのを知っていた。揶揄すれば、電話の向こうからは釈明の弁と共に、彼女の内心に関する解説が添えられる。やがて会話は進み、山本剛ははぁ、と小さくため息を吐いた。


「しかし時ってのは残酷だなァ。あの子の母ちゃんそっくりじゃねぇか。昔に戻っちまったかと思ったぜ」


山本剛は、先程まで柊美冬が座っていたカウンター席を見つめて苦笑いを浮かべる。



その昔。
店には、世にも珍しい橙色の瞳を持つ、優しい笑顔を浮かべたある女性が時折やってきた。今も昔も変わらぬそのカウンター席に座り、美味しい美味しいと幸せそうな顔をして寿司を食べているのを見ると、いくらでも握ってやりたくなる…そんな気持ちにさせられた。


最初はあの透明な橙が珍しくて見つめていたはずなのに、気が付けば彼女のことが気になってしまう、不思議な引力。


あの時彼女に感じた不思議な思いを、どうやら己の息子もまた、彼女の娘に感じ取っているらしい。



「ったく、親子そろって勘弁してくれ」




そう口にした山本剛の手には、先程まで美冬がもっていた片方の手袋が握られていた。




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