13-06


「4丁目南から東にかけて、並中の制服を来た男女が歩いています。確保・補導してください」
『了解だ!!』

「それと、同じく4丁目のみどり公園内ベンチに、並中の制服を来た男女を発見。こちらも急行願います」
『何ィ!!わかった!!』


雲雀に連れて来られた場所は、並盛町でも一番高いビルの屋上だった。
一般的に展望台に置かれている”20倍望遠鏡”と呼ばれる望遠鏡が備え付けられた底に立たされた柊は、望遠鏡をのぞきながら町の中をくまなく確認していく。

クリスマスに浮かれた並中生を見つけては、手元のトランシーバーで指示をだし、風紀委員たちに確保するよう伝えていく。

しかし、そこに屋根はなく、柊の頭には深々と雪が降り注いでは積もることなく溶けていく。



「…私が風邪ひいたら雲雀先輩のせいですからね」
「そんなの自業自得だよ。自衛しないきみが悪い。」
「自衛させる前に連れてきたのは誰ですか」



そうはいいつつも、彼女は双眼鏡から目を離さない。
さっそく2丁目の路地裏でバカ騒ぎしている男子生徒3名を見つけてはすぐに向かうよう手元のレシーバーに指示を出す。
一方、屋根のある屋上入り口で彼女が逃げないように見張っている雲雀恭弥は、双眼鏡からまったく顔を上げる様子のない彼女の背中を見て、満足げな表情を浮かべた。

そうとは知らない美冬は、やはり町から視線をそらさずに、呟いた。




「わたし、実は雪、嫌いです」
「ふうん」
「あと、クリスマスも嫌いです」
「へえ」




彼にしては珍しく、雲雀恭弥は相槌を打った。
すると、彼女は雲雀恭弥に向かって振り向いて、笑った。




「でも、今日は……ちょっと楽しい、です」

「……そう」













イタリアのクリスマスは、家族と過ごす大事な時間である。
CEDEFにはクリスマス休暇があり、余程重要な任務がない限り、殆どのスタッフは休暇を取り家族の下へ帰っていた。それは幼馴染のバジルやオレガノも例外ではなく、彼もまた祖母のいる島に行くのだといって2週間ほどの休みを取っていた。

クリスマスが近くなると、一人、また一人と本部から人がいなくなる。

美冬はそれを、ただ見送るだけだった。
そして、いなくなった彼らの分の仕事を引き継いで、淡々とそれらをこなすことが彼女に課せられていた。


(みんなは、CEDEFの外にも世界があるけれど、私にはここしか居場所がないし)


いつしかそう思うようになっていた。
クリスマス休暇よりも”ショーガツ”休暇を取って日本に帰国する沢田家光だけはクリスマス中も本部に残ってはいるが、彼にだって帰る家はある。でも、美冬の家は、ここCEDEFだけ。


独りで過ごすクリスマスに慣れきっていた彼女は、誰かを見送るクリスマスにも慣れきっていた。だから、図書当番の代わりもしたし、パーティーに浮足立つ綱吉達を見送ることも出来た。それは慣れていたから。

彼女には帰る家も、彼女を待つ人も、いない。

だから、クリスマスは嫌いだ。




笹川了平は妹の京子や家族とともに、楽しい一夜を過ごすだろう。
獄寺隼人や山本武、それに沢田綱吉は沢田家で楽しいホームパーティーをするのだろう。
彼女と図書当番を変わった委員達も、思い思いに、誰かと過ごすのだろう。

CEDEFの皆だって、今日はきっと誰かと過ごしてる。



『来るか来ないかもわからない人を待つなんて、虚しいだけだとおもうけど』



そんなの、とうの昔に知っていた。
いつからか、美冬は諦めた。
誰かが彼女と過ごしてくれることを、迎えに来てくれることを夢見ていたこともあったけれど、誰も彼女を迎えに来てはくれなかった。





けれど今日は違った。

雲雀恭弥は彼女を迎えに来た。
なんなら連れ出して、こうして仕事をさせてくれた。
それはとても自分勝手な理由だし、正直言って迷惑だけれど、なかなかどうして、心が躍った。
なんていったって、図書室に彼が現れた瞬間、自然と漏れ出てしまった笑みは本心からだった。


そして今。

雪の中、スナイパーの如く街を彷徨う並中生(リア充)たちを見つけては狩りの指示を出すこの作業も、彼等には申し訳ないが大変楽しい作業だった。


今日はクリスマスだから。
今日は雪だから。


そんな理由で心の中には真っ黒な雲が立ち込めていたが、今は腹を抱えて笑いたいほど楽しいと思える。背中に注がれる雲雀の視線は呆れたようなものだったが、彼女はついつい笑いをこらえきれずに振り向いて、彼に礼を言った。
雲雀は何とも言えない顔をしていたけれど、彼女はそれでも礼を言いたかった。




「こんなクリスマスなら、悪くないかもしれませんね。……あ、”1丁目北から東方向に並中生発見、至急向かってください”」





すぐに視線を双眼鏡に戻した彼女がそう言ってレシーバーに声をかけている後ろで、雲雀恭弥は呟いた。


「独り者の僻みみたいな科白だけど。」
「群れるより良いのでは?」
「……ごもっともだね」






雪はふわりふわりと地面に落ちては、溶けていく。
決して降り積もることのないそれを見つめて、雲雀恭弥はひとり苦く笑った。

どうやら自分は彼女のことを知らないし、思った以上に彼女に興味があるらしいことに、雲雀恭弥は気が付いた。

そして彼女が何に心を曇らせ、なぜ彼女の心が曇ったら不快なのか。それらがいったい何を意味しているのか。

聡い彼にとっては、全てが愚問である。


振り返ってみれば、春の日からその兆候はあった。
最初からきっぱりはっきり意見してくる彼女のことは面白かったし、使い勝手が良いからと傍に置こうとして反感を買い、それがまた面白くて扱いはますます苛烈になった。

どうやら、春から降り積もった想いは、降っては降っては嵩を増し、いつの間にか湿った雪のように重くなっていた。


「まあ、僕もクリスマスは嫌いだよ」


そんなこと、気づきたくもなかった。
けれど、気づいてしまったらもう戻ることも出来まい。

雪の下では、春を待つように芽が息吹いていた。

その芽の名前は、恋と言う。




「じゃあお揃いですね」





双眼鏡に目をくっつけたまま、彼女は笑った。
何がお揃いなものか、と雲雀は一人思うが、けっして口には出さずに舌打ちをする。

こんな想い、お揃いなわけがないのだ。

雪の下、深く蠢くこの気持ち。
彼女とお揃いなわけが、無いのである。





「君とお揃いとか死んでもごめんだね」

「まあ、正直私も同感ですね」





なおも、雪は、しんしんと降り続けている。





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